第477話 愚民制
エスペランサはなぜ共和制を愚かな政治体制だと断じたのか、淡々と説明していく。
『そうですわね、例えば主様、士官学校では学級ごとに必ず教師が一名配属されますでしょう』
「うん、そうだね」
『そして、どの教師が配属されるかは学校側の意向がすべてであり、生徒が教師を選ぶことはできませんわ』
「うんうん、確かにその通りだ。僕も初めからウルスラ先生を選べていればあんなことには……」
『ですが学校で学ぶ上で、教師は必要不可欠な存在でございます。教師は生徒に干渉されない絶対的な権限を持ち、彼らをはるかに上回る知恵を以て教え導きます。これがわたくしたち西帝国の構造に近いでしょいう。その一方で、自由交易都市同盟は言わば生徒たちが教師を追放し、生徒の中から教員役を選んで授業を進めているようなものでござます。では、主様はどちらの学級の方がより効率の良い学習が可能と思われますか?』
「うっ……そう言われると、普通の学級の方が断然いいと思う」
『その通りでございますわ。確かに教師によっては出来不出来は大いに異なりますが、彼らはいわば生徒を教え導く専門家でございます。そのため、最低限の学級の運営の仕方は必ず会得するのでございます。しかし、もし生徒だけで学級を運営するとなればどうなりますでしょうか? 生徒たちは己の要望だけをもとに教師役を選出し、教師役はほかの生徒の要望に応えるために、彼らの言うがままの内容の授業を行う……当然授業の進みは遅くなり、生徒は我儘に増長し、教師役は偏った知識を教えます。そうして出来上がった学生に、一体どのような価値があると言えますでしょうか』
エスペランサのたとえ話はかなり辛らつだったが、リクレールは思わず納得するほかなかった。
ただ、それでも完全に否定するのもまだよくないと考える。
「けど、彼らは実に80年もの間、西帝国に対して独立を保ち続けて来たのも事実……反乱を起こした後も、これだけ長い間保っていられるのは、やっぱり共和制のいいところがあったからだとも思うんだけど」
『それは、この都市が奇跡的に防衛側に大幅に有利に働いていたため、当時の帝国が攻めあぐねたからにほかありませんわ。その後も独立を続けられたのも、西帝国は南から迫る魔族の対応で手いっぱいであり、同じ人間である彼らには妥協せざるを得なかったのでございましょう。それに、彼ら商人は帝国の一般庶民と異なり裕福で、貴族並の教育が受けられたからこそ、目に見える大きな過ちを犯さず、統治を続けられたのでございましょう。しかし、見えないところではやはり、大きな過ちを犯していたのでございますわ』
「それが……西帝国への介入と、それが失敗した時のことを考えていなかったこと、なんだろうか」
『その通りでございます。彼らは西帝国から目を付けられなくなったことをいいことに、軍備と言う国家にとって最も重く、最も軽視してはならないことを半ば放棄いたしました。平和な時代に軍備金をつぎ込むのは馬鹿馬鹿しいので、それを自らの繁栄のみに投資する……それを望んだのは、この地に住む大多数の民が望んだことでございます』
こうして、西帝国が魔族との戦いにリソースを注ぎ込んでいる間、自由交易都市同盟は戦わずに済むことをいいことに1人平和を謳歌するにとどまらず、自らの欲望のために西帝国を食い物にしようとした。
もし、自由交易都市同盟が一人の王や皇帝を抱く一般的な国家であれば、隣国の危機は自分たちの危機であるとして、市民からきちんと税を取って軍備を整え、魔族に対抗するために戦ったかもしれない。
『まあ、このような説明をせずとも……主様は薄々気づいていることでございましょう。都市同盟の最大の欠陥が何なのかを』
「……それは、意思決定の遅さだね。この国では、市民の大多数が納得しないと、何も決められない。講和の申し込みが早かったのは、単純に誰かが裏工作をしたからであって、今回のように正式な交渉だと、1日中会議しても意見が纏まらないことがある。きっと彼らにとっては、3日で決めるのはかなり無理があることなのかもしれないね」
『素晴らしいですわ主様。まさしく、いつ魔族が人間勢力を蹂躙せんと向かってくるともしれない不安定な世では、意思決定の遅さはそれだけで致命的なのでございますわ。わたくしが主様に暴君になるよう、常日頃働きかけていますのは、国家がいざとなった時に即座けるよう、絶対的な支配を確立すべきと言うことに他なりません』
今この時も、近くの集会場では話し合いが紛糾しているが、大半の者は感情的に自分の意見をまくしたてるか、自分の利益を主張するばかりで、意見がまとまる気配がない。
戦いを続けるのか、終わらせるのか……もし敵が魔族だったら、こうしている間にも次々に村が焼かれていくことだろう。
『主様、民は従わせるものでございます。彼らの意見をいちいちうかがうような『愚民制』は、国家を腐らせる毒であることを、直接その目で見て、知っていただけましたでしょう』
「…………」
エスペランサはそう言うが、リクレールは終生、この共和政治という概念が頭の片隅に残り続けたという。




