第475話 停戦の行方
結局、その後の交渉もリクレールたちの独壇場だった。
アルトイリス軍が南区画を占領しており、兵力差も圧倒的である以上、自由交易都市同盟は生き残るために相手の要求をほぼ呑まざるを得なかった。
「こ、このような過大な要求を受け入れられるかどうかは、一旦話し合わなければならない……返答までしばらく時間をいただけないだろうか」
「話し合うのは構いませんが、どのくらい時間が必要ですか?」
「その、議会の採決を得るにはせめて10日は必要かと……」
「あなた方の都合など、こちらとしては知ったことではありません。3日内に決定してください、それと決まるまで僕たちはこちら側に滞在します」
「しかし……我らは帝国と違い、国は市民たちの意見も交えて運営する共和制ですので、そのような短時間で結論は……」
「まだ勘違いしているようですが、攻撃を再開するかどうかを決める権利は我々にあります。我らの気が変わって防火活動を止めてしまったら、どうします?」
「わ、わかった! 3日以内に回答する!」
このように、なんとか時間を稼ごうと都市同盟側の執政官たちは足掻いたが、それは全て無駄な試みに終わった。
値下げ交渉も試みられたが取りつく島もなく、分割支払い案も当然のごとく却下された。
さしもの交渉上手の商人たちであっても、自分たちの手元に交渉材料が全くない状態では、手も足も出ないようだった。
(くっ……この場に人を集めすぎたのは却って失敗だった! 密室のやり取りであれば、もう少しやりようはあったのだが……!)
バランディーニが心の中で舌打ちしていたように、相手を威圧するために人を大勢集めたせいで、却って相手の提示した捕虜解放を拒否れ亡くなったり、みっともなく土下座してでも値引き交渉をすると言ったことができなかったのもマイナスであった。
結局どうにかアルトイリス軍に譲歩させたのは、南区画返却分の200万リブラは、対岸にある兵器を解体することを条件とすることくらいだ。
「それでは、最終的な条件は以上とします。念を押しますが、3日以内に結論が出ない場合は交渉決裂とみなします」
「わかっている。直ちに議会を招集するゆえ、しばらく待たれよ」
「ええ、それとこれも分かっていると思いますが、ここで取り決めた条件に対して再び値下げ交渉をするのであれば、それは直ちに交渉決裂とみなします」
こうして、リクレールたちは結論が出るまで北区画の宿で滞在することとなり、その間臨時の議事堂となった先ほどの集会所では、激しい議論の応酬が巻き起こることになる。
「冗談ではない! あんな屈辱的な停戦協定など納得できるか!!」
「そうだそうだ! いくらなんでも我々自由交易都市同盟に対し無礼にもほどがある! このような停戦協定に応じたとなっては、我らは末代までの恥だ!」
「だからと言って交渉決裂しても良いのか? 要求をのまねば、このハキナトリアは灰燼に帰すのだぞ? そうなっては我らはもはや再起不可能だ!」
「停戦に応じるのが嫌と言うのであれば、南区画にいる帝国軍をお前らだけで追い払ってこい! それができるんならな!」
「しかし! 我らは誇り高き自由の民だ! 野蛮な西帝国に屈するなど死んでもゴメンだね!」
「じゃあ死ねよ。屈辱なのはわかるが、ここで抵抗して死ねば、そっちこそ笑いものだ」
「そもそも私は西帝国への介入に反対でした。このような事態を招いたのは、執政官たちの無為無策無能が原因です」
議会制の政体は、このような時に非常に脆弱であった。
元々彼らは重要なことを決める際、多数決を繰り返して、賛成反対どちらかが過半数に達するまで話し合うのだが、今回ばかりは皆すっかり気が動転してしまい、ひたすらお互いを罵り当て時間を浪費していった。




