第469話 利益最大化
議事堂のバルコニーで一人潮風に吹かれるリクレール。
眼下には静まり返ったハキナトリアの街が広がり、そのはるか向こうには水平線まで続く青い海が見える。
こんな時でなければいい眺めだと絶賛したかもしれないが、今の心境ではとてもそのようなことを思う余裕はなかった。
『主様……この度の事態は、わたくしも考えが甘かったですわ。誠に申し訳ございません」
「いや、エスペランサは悪くないよ。僕もまさか、自由交易都市同盟がもう西帝国の中枢に干渉できるくらいに勢力を伸ばしていると思っていなかった」
リクレールが一人になりたかったのは、心を落ち着かせるためと言うより、エスペランサと念入りに話をしたかったからだ。
計画の大幅な見直しが必要になった今、リクレールはどうしたらいいかすぐに考えがまとまらなかったので、こういう時はエスペランサを頼らざるを得ない。
『その気になれば、皇太子殿下の命令をある程度無視し、ハキナトリアの制圧をするという手もございますが…………諸々を考えますと、このようなことのために、命令無視という札を切るのは得策ではございませんわ』
「僕もそう思う。僕はレオニス殿下と個人としてはまだそこまで親しい関係とは言えない。人間関係はでき始めが肝心だから、こんなところで心証を損ねたら、殿下からずっと不審な目で見られかねない。まあ、これもあのアゴスティーニの計算のうちかと思うと嫌になるよ……」
アゴスティーニにはいったん全員で話し合って結論を決めるとは言ってあるが、実質的に選べるのはレオニスの命令に従い、攻撃を止めるということだけだ。
なので、普通に考えればこの後は改めて攻撃中止で意見を一致させ、それをレオニスに報告し、講和交渉に移るということになるが…………
『ですが主様、ここで相手にやられっぱなしと言うのはわたくしの、ひいては主様の沽券に関わりますわ。どうせ都市同盟を滅ぼせないというのであれば、せめて利益は最大限に享受いたしましょう』
「利益を最大限に享受?」
『はい、この際都市同盟からはせめてもの報いとして、追加でたぁっぷりと搾り取るのでございます♪』
いつも以上に妖艶な声で、耳元で「たっぷり搾り取る」と聞いて、リクレールの身体が思わずビクンと跳ねる。
「け、けど……どうやって?」
『まず、あの奸臣には皇太子殿下の意図が本当かどうかを念のため確認したいとして、一度帝都に戻らせて講和までの時間を稼ぎます。その間、わたくしたちは都市同盟と独自に交渉し、追加の賠償金を支払わなければ攻撃を再開すると脅迫するのですわ』
「…………なるほど、それが成功すれば自由交易都市同盟が力を取り戻すのにもっと時間がかかるし、お金がもっと貰えるのは嬉しい。けど、上手くいくかな?」
『そうですわね、まずはあの奸臣に気取られないよう、ランツフート様に直接皇太子殿下にご確認いただくという名目で同行していただきましょう。その間に、わたくしたちはシャルンホルスト様とヴィクトワーレ様に本当の目的をお伝えし、お二人の助力を得て個別に都市同盟と交渉いたしましょう。何しろ相手は、物事をすべて銭勘定で判断する商人たち……損得を考えるのであれば、この都市を完全に破壊されるより、無理にでも賠償金の追加支払いを飲んだ方が得であることはすぐにわかることでしょう。名目上は捕虜交換を行ったことにし、捕らえた守備隊や傭兵、それと富裕層市民の一部を向こうに返してしまえばよいでしょう』
「兵士を返しちゃって大丈夫かな?」
『それについては問題ございません。都市同盟の規模では、少なくとも帝国に逆侵攻を行う兵力を用意するのは無理でございますので、兵士を返したことによる物理的な報復は考えなくてよいかと。むしろ、先方は兵士や傭兵が戻ってきたことで、彼らに賃金を支払わなければなりません。今回降伏した傭兵は、どうやらかなりの雇用費を要求する腕利きのようですので、彼らは賠償金と高い維持費に暫く苦しむことになりますわ。その間に、わたくしたちは自由交易都市同盟を再度滅ぼすための施策を練ればよいのでございます』
「す、すごい……そこまで考えているなんて、流石はエスペランサだ!」
エスペランサの長期間を見据えた策に興奮するリクレール。
どうやら彼は、次第に暴君の価値観に染まりつつあるようだった。




