第467話 足の引っ張り合い
「お前たちはまだ子供だからわからんかもしれんが……貴族にとっての敵ってのは、自分の前にいるやつばかりじゃない。むしろ、後ろにいるやつの方がよっぽど危険だ」
「後ろ……ランツフートさん、それってまさか、味方のことですか!?」
「西帝国の貴族どもの権力欲の強さ、そして執念深さを侮っちゃいけない。リエナがレオニス様に嫁いでから、外戚としてそれなりの権力を持ったが、そのせいで西帝国内の権力闘争に数えきれないほど巻き込まれた。特にあのブレヴァン侯爵トライゾンは、厄介なことこの上ない奴でな……帝都に行くと毎回頭が痛くなったものだ」
政治手腕もそれなりに有能なランツフートだが、彼自身はどちらかと言うと武闘派なので、文官と貴族による権力闘争や派閥争いは、毎度彼を辟易させた。
そのころの記憶を思い出すと、今でも重度のストレスを感じるようで、思わず胃がキリキリしてくる。
「でだ……リクレール。お前は新たなアルトイリス侯爵として、そして、今後の西帝国を担う最重要人物であるがゆえに、お前に対して妬みや対抗心を持つ者は、それこそ掃いて捨てるほど出てくるはずだ」
「と、言うことは……もし僕があまりにも功績を立て過ぎたら……」
「昔から言うだろう。狡兎死して走狗烹らるってな」
残念ながら、この時のランツフートの心配は、すぐに現実のものとなる。
ハキナトリア南区画陥落から5日後、北区画攻撃の準備を進めていたリクレールたちのところに、アゴスティーニがレオニスの使者としてやってきた。
彼の姿を見てすぐに嫌な予感がしたリクレールだったが、ランツフートが彼から書状を受け取ると、果たしてそこにはレオニスからの攻撃中止命令が記載されていた。
「おい、アゴスティーニとかいったな。いったいこれは何の冗談だ? 自由交易都市同盟への攻撃を今すぐやめろだと?」
「冗談などではございません。これは、殿下の御意思に相違ございません。こちらの押印が証拠でございます」
「だがな、今更中止と言っても、こっちはすでにハキナトリアを半分抑えてんだ。あとひと月もしないうちに、連中を全滅させることもできるんだぞ? それにリクレールも言ったよな、あいつらを野放しにしておくと、西帝国にまた害を為すはずだと」
「はー、やれやれ、これだから頭の固い軍人は」
ドスの利いた声で凄むランツフートに、アゴスティーニ以外の文官はたちまち震え上がり、中にはその場で漏らす者もいたが、アゴスティーニはよほど面の皮が分厚いのか、彼の威圧に一切屈しないどころか、わざと小ばかにするようなジェスチャーをしながらため息をついた。
「たしかに都市同盟が僭称者マルセランに援助をしていたのは紛れもない事実でしたが、彼らは「我らの」外交ルートからほとんど降伏に近い条件の和議の申し入れをしてきました。聡明なるレオニス殿下は、マルセランの反乱で疲弊した状態の西帝国で、都市同盟を完全に滅ぼしてしまえば、今後数年間帝国は飢えと財政難に苦しむことを憂慮され、敵側が首を垂れると言うなら慈悲を与えることを決めたのでございます」
「……なるほど、要はお前らに唆されたということか」
「唆されたとは人聞きの悪い。現に、コンクレイユ候のご子息やエスマイル伯爵は、賢明にも殿下の御意見に賛同され、クライペダ攻略を中止いたしました」
「クライペダ攻撃を中止しただって!?」
ここで、横で話を聞いていたリクレールが思わず両手で机をバンと叩き、ありえないと言った表情でそう叫んだ。
「そ、それは駄目だっ! ここまでやってきた作戦が全部無駄になる! ビュランさんもザイドリッツさんも、何を考えているんだ!」
「落ち着けリク! こんなところで大声出しても無駄だ!」
「でもっ……」
せっかくうまくいっていた作戦が、他の見方のせいで台無しになったと知ったリクレールは、とても悔しそうにその場に俯き、対するアゴスティーニはリクレールの悔しがる様子を見て、見下すような表情で勝ち誇っていた。




