第465話 ハキナトリア攻略戦 6
その一方で、避難民が橋に大勢詰めかけている様子は北区画からもよく見えた。
「…………やめさせろ」
「は?」
「あのバカどもが橋を渡るのを、今すぐ止めさせろと言っておるのだ!! このままでは、敵までこちら側に渡ってくる!! その程度のことも思いつかんのか!!」
何とか議事堂からゴンドラで北区画に脱出できた、老齢の有力者バランディーニは、すぐにこのままでは市民と共に敵兵までこちら側に渡ってきてしまう危険性に気が付き、直ちに南区画の市民がこちらに渡るのを止めるよう命じた。
「し、しかし! どうやって!? 敵はもはや南区画内に侵入しており、避難する市民に引き返すよう命じるのは無理です!」
「構わん、そのまま跳ね橋を上げろ」
「っ!? バランディーニ様、いくらなんでもそれは……!?」
「つべこべ言っている暇はない! 敵兵が北区画に侵入したら、今度こそ我らは終わりだ! ハキナトリアは西帝国の手に落ち、我らは一人残らず柱に吊るされるであろう……そうなっても良いのか?」
バランディーニはなんと、避難民たちがまだ大勢橋の上にいるにもかかわらず、橋を開脚させるよう議員たちに命じた。
これには周囲の者たちも大反対したが、彼の言う通りアルトイリス軍まで橋を渡ってしまえば、最悪跳ね橋の開脚操作が行えなくなり、無防備な北区画を守るものがなくなってしまう。
そうなれば、彼らに残された道は戦って死ぬか、降伏して帝国民として隷属を強いられるかの二択となってしまう。
バランディーニとしても同胞を見捨てるのは非常に心苦しいが、もはやそのようなことを言っていられる場合ではなかった。
「操作員に命令を出せ! 今すぐに跳ね橋を上げろ! この際市民の被害は二の次だ!」
バランディーニの意向を受けた執政官らは、直ちに跳ね橋の操作を行う小屋に厳命を下し、跳ね橋を開かせた。
操作を行う兵士たちは、自分たちの手で避難民を見殺しにすることを最後まで嫌がっていたが、命令に逆らえば殺すと脅して、無理やりやらせたのだった。
ガコンと歯車が動く鈍い音がすると、南北を繋いでいた鋼鉄の橋が真ん中から開いていく。
三本の跳ね橋の上はいまだに大勢の避難民で身動きが取れない状態だったが、無慈悲にも橋は人々を乗せたまま持ち上がり、その上にいた人々を容赦なく水面に振り落としていった。
「そ、そんな!? 跳ね橋が……!?」
「北区画の人たちは私たちを見捨てるっていうの!? い、いやっ……助けてっ!!」
「お、落ちるぅ!! 誰かっ……!!」
「うわぁぁぁぁっ!!!」
橋の上では阿鼻叫喚の地獄絵図が展開され、多くの市民たちが犠牲となった。
そんな光景を、ゼークトとスーシェは遠巻きに見ていることしかできなかった。
「あいつら……自分らの民になんてことを!!」
「ひどい……あんまりだよっ!」
とはいえ、彼らも士官学校で学ぶ将軍の端くれ。心情では受け入れられないとはいえ、究極的にこのような手段を採らざるを得ないこともあると、改めて学んだのだった。
そして…………
「だ、団長! 橋が……橋が、上がっています!」
「なんてことだ……俺たちはもう助からないぞ」
勝手に持ち場を離れ、撤退しようとしたダラルナ傭兵団の団長のマグヌスとその配下の傭兵たちも、跳ね橋が上がったのを見て自分たちが味方に見捨てられ、完全に孤立したことを悟った。
そして、その背後からはアリシア率いるアルトイリス軍が、城門を開けたことで合流したユルトラガルド侯爵軍を伴って迫ってきた。
「あなたたち! もうどこにも逃げ場はないわ!! 大人しく武器を捨てて降伏しなさい!!」
「ぐっ…………もはや、これまでか。俺もやきが回ったな……」
重要な戦力となるはずだったベテラン傭兵団も、もう勝てる見込みも逃げられる見込みもないと判断し、アルトイリス軍に降伏。
それを見たほかの傭兵団や、逃げ遅れた守備隊も次々に武器を捨てて降伏する。
こうして、アルトイリス軍とユルトラガルド軍はほとんど被害らしい被害も出さず、驚くべき短期間でハキナトリアの半分を制圧するに至ったのだった。




