第455話 もう一押し
「なに!? 交易都市同盟への攻撃を中止せよと!?」
「はっ、アルトリス侯爵とエスマイル伯爵は納得しないかとは存じますが、アマンディとクライペダを陥落させれば、交易都市同盟への警告は十分でございましょう」
バイユーと会談した翌日、アゴスティーニは何十人もの重臣たちを連れてレオニスに謁見し、自由交易都市同盟への攻撃中止を提言した。
まだ開戦から10日も経っていない現状で停戦を提案するなど、レオニスとしてもさすがに不信感を抱かずにはいられなかった。
「しかし……奴らは帝国との中立条約を反故にしただけでなく、内乱の手助けまで行った……私の祖父と叔父を陥れた国だ。そのような連中を野放しにしておくわけにはいかない」
「殿下のお気持ちはよくわかります。しかし、このまま両将が沿岸都市を破壊し、ハキナトリアを長期間包囲する事態となれば、当初の懸念通り我が国は今年の冬に飢えることとなります。当初はそのことも覚悟のうえでの開戦でございましたが……もし、彼らを戦わずして屈服させることができれば、帝国の威信を保ちつつ、内戦で疲弊した帝国臣民たちが安らかに1年を越すことができるでしょう。せっかく殿下が帝国の内乱を鎮圧したというのに、これ以上帝国を不安定化させることは下策かと存じます」
「…………」
事前にアゴスティーニやバイユーが目論んだ通り、心根がやさしいレオニスは、もし西帝国の犠牲がなく、交易都市同盟も最低限の戦いで屈服させることができるのなら、それに越したことはないと思い始めた。
彼としても、帝国人同士で散々血を流しあった後、更に血を流すことはできればしたくないのが本音だ。
「とはいえ、だからと言って戦いをすぐに止めたとして、この戦いを主導するビュランやザイドリッツたち、そしてアルトイリス侯爵の心証を大きく損ねることになる……」
「確かにその可能性はございますが……殿下、もしこの戦いが、アルトイリス侯爵が功を上乗せするために私情で提案されたとしたら、どうお考えになりますか?」
「なんだと!? アゴスティーニ、いくらそなたでも言っていいことと悪いことがあるのではないか!?」
「いえいえ、これはあくまで某の想像に過ぎませぬ。ですが、殿下もご存じの通り、今やアルトイリス侯爵はエスマイル伯と「かの件」を巡り、鎬を削っております。ここで相手を戦功で出し抜きたいと考えるのも不思議ではありますまい」
(アゴスティーニの言っていることは一理ある。もし本当にアルトイリス侯爵が私情でこの戦争を起こしたとしたら、それは断じて許すことはできない)
勿論リクレールにそのような意図はないのだが、タイミングがタイミングだけに、アゴスティーニの言葉に説得力が生まれてしまった。
迷い始めているレオニスを見て、アゴスティーニは心の中で「もう一押しだ」とほくそ笑む。
「では殿下、こうしましょう。某がまずエスマイル伯ザイドリッツ殿を説得し、クライペダを陥落させ次第停戦するよう説得いたします。もし、ザイドリッツ殿が停戦に賛同するようでしたら、殿下からアルトイリス候に停戦命令を出していただきたく存じます。その後、改めて某が都市同盟に赴き、陛下のご慈悲があるうちに降伏せよと迫りましょう。もちろん、その際の条約は以前の中立条約とは比べ物にならないほどの一方的な要求を突きつけ、奴らが不正に溜め込んだ財を搾り取りましょう」
「そのようなことが、本当にできるのか? 都市同盟の者たちが不平等な条約を受け入れるのだろうか?」
「受け入れねばそれはその時でございます。殿下の慈悲を蹴った場合は、戦闘再開の命令を下すまででございます」
「なるほどな……わかった、今回はそなたの案を受け入れ、平和的に自由交易都市同盟を屈服させることができるか、試してみようではないか」
「ははっ、御明断に感謝申し上げます」
アゴスティーニが心の中で笑っているとも知らず、レオニスは自分が皇帝として正しい決断ができた気がして、少しうれしそうであった。




