第454話 策を売る
「なるほど、金の生る樹自らが命惜しさに私の手元にやってきたわけか。ならば問おう、商人たちよ。西帝国の次期皇帝レオニス様は、すでにマルセランがそなたらと組んで帝国内乱を主導した証拠を大々的に公表し、帝国民たちに此度の戦争の大義名分を高らかに告げた。もし今から帝国の軍事行動を止めるのであれば、それ相応の理由を私の口から進言せねばならない。もし、お前たちが納得のいく理由を「売ってくれる」のであれば、適正な価格で買い取ってやろう」
アゴスティーニは要するに、上手い理由を考え付くのであれば、皇帝に口添えくらいはしてやろうと言った。
それに対しバイユーは全く困ったそぶりも見せずに、滔々と意見を述べた。
「勿論でございます。そもそも西帝国は、冬の食糧の供給を東帝国からの北回り航路による輸入に頼っており、ここが途絶えたとなれば帝国民……特に皇帝陛下のお膝元タイラスルスで深刻な飢餓が発生いたします」
「そんなことは分かっている。陛下はそのリスクをわかったうえで軍を興したのだ、その程度の理由では説得することはできん」
「いえいえ、ここからでございます。先ほど閣下が申しました通り、我ら自由交易都市同盟が侵略の憂き目にあうのは、中立条約を破り、帝国の内乱に加担したからにほかなりません。しかし……我らは帝国に対し、降伏することをすでに内部で取り決めております」
「ほう、降伏か」
「中立条約を破った非はこちらにございますゆえ、自治を守れるのであれば、最悪帝国との中立条約の条件見直しと、責任者の引き渡しをする覚悟はできております。そして、もし我らが戦わずして降伏すれば、ハキナトリアは破壊されずに済み、少なくとも今年の冬に備えて輸入する食糧が滞ることはなくなります。帝国としても、面子を保ったまま、かつ皇帝陛下の慈悲深さを万民に知らしめることができるでしょう。我らと帝国には不幸なすれ違いはございましたが、僭称者マルセランに行った以上の支援を申し出るとなれば、皇帝陛下にとっても悪い話ではございますまい」
(こやつら……自分の命の為には、仲間すら売る気か。まあ、私が言えたことではないがな)
アゴスティーニは商人たちのなりふり構わぬ手口にあきれたが、確かに彼らが提案した理由であれば、レオニスを説得させることは十分可能だろう。
それになにより、レオニス自身は元々戦いを好まない質なので、このままだとリクレールたちが交易都市同盟の人々を皆殺しにしかねないとでも言えば、それはやりすぎだとして止めに入ると考えられる。
「それと、これはアゴスティーニ様の今後のためにもつながる提案でございます。もし、今我らを攻撃しているエスマイル伯爵とアルトイリス侯爵にこれ以上の功を立てさせた場合、いずれ皇帝陛下は二人のどちらかを重用し、閣下の意見が通りずらくなる可能性もございます。特に厄介なのは、お妃さまはなくなられたとはいえ、外戚となったユルトラガルド家と、親しい間柄となっているアルトイリス家でございますな。彼らを抑えて閣下が立身出世なされるのであれば、此度の戦争を外交で決着させたという功績をもって対抗すると同時に、彼らにこう令嬢の功績を立てさせないのが肝要かと」
「…………! そうか、言われてみればその通りだ。お前たちの提案なのが癪だが、奴らにこれ以上皇帝陛下の贔屓を与えるわけにはいかん」
アゴスティーニがしっかり乗り気になってくれたのを見て、バイユーは心の中で「しめしめ」とほくそ笑んだが、やはり表情には全く出さずにへりくだり続けた。
「では閣下、今後何かと物入りになるかと存じますので、我らから僅かながらのお心付けを……」
「ほほう、これはこれは」
続いてバイユーは商人たちに命じて貢物を運んでこさせた。
大量の金貨が入った袋が何十個も積まれ、更には黄金や宝石などの財宝の数々が、部屋に所狭しと運び込まれた。
これだけの量の財物をその目で見せられると、欲深いアゴスティーニは涎が止まらなかった。
「これはほんの前金にございます。もし今後とも御贔屓いただけるのであれば、さらなるご支援をお約束しますぞ」
「くく……くくく、お主らも悪よのう」
「ははは、滅相もございません」
金の生る樹を手中に収めたつもりのアゴスティーニは、今や自分が帝国の真の支配者になれる日も近いと確信したのだった。




