第453話 黄金の果実が生る樹
こうして、ビュランやザイドリッツたちが寸でのところで逃がしてしまった、交易都市同盟の商人たちの逆襲が始まった。
彼らは船にたっぷりと詰んだ黄金や宝物を、市場にモノを売りに行く農民や漁民を装って密かに都市内に運び込み、貴族や有力者の買収を開始した。
レオニスの下新体制を構築している真っただ中の西帝国では、すでに水面下で貴族たちの政治闘争が始まっており、さらにマルセラン側についた有力者たちが粛清されたことで、一時的に上位から下位の権威が入り混じった状態になっているのも彼らの助けになった。
欲深い者たちは、皇帝が自由交易都市同盟を非難したにもかかわらず、金と権威に目が眩み、商人たちが用意した山吹色の菓子折りにあっさりと食いついた。
そして、最終目標であったアゴスティーニのところに到達するまで、それほど時間はかからなかった。
「お前たちか……私に力添えしたいと申している商人たちは。誰かと思えば、あの時殿下が捕えよと命じた都市同盟の者ではないか」
「へへへ、その節はお世話になりました」
まるで虫けらを見るように、アゴスティーニはバイユーら都市同盟の商人たちを見下ろす。
だが、彼らはそんな視線など意にも介さず、にこやかな表情を張り付けたままである。
「私が今ここでお前たちを鎖につなぎ、レオニス殿下に献上すれば、私はお前たちの全財産を没収し、さらなる昇進も見込めるだろう。お前たちにそのことがわからないはずもなかろうに、なぜノコノコ姿を現した」
「これは手厳しい。まあ、あれだけのことをしたのですから、当然と言えば当然ですな。しかしアゴスティーニ様……いえ、アゴスティーニ「閣下」、もしあなた様の目の前に黄金の果実が生る樹が現れたとして、それを売ってその場で大金に変えますかな? それとも、切り倒して薪になさいますかな?」
「ほう、つまりお前たちは自分たちを金の生る樹だと?」
「僭越ながらまさしくその通りにございます。黄金の生る樹にも意思がございますゆえ、自分の価値を最もよく理解できる賢人にこそ果実を召し上がっていただきたいのでございます。少なくとも、樹そのものを切り倒し、薪にしてしまおうとする野蛮な者よりかは」
(なるほど、あのブレヴァン侯爵を丸め込んだだけあって、随分と舌が回る奴らだ。腹の中の魂胆など見え透いているが、言っていることはいちいちもっともだ)
アゴスティーニとて、彼らの本当の目的……すなわち、自分たちが滅ぼされないために自分に賄賂を贈り、レオニスに口添えして停戦させようとしていることなどお見通しだった。
だが、バイユーの言うとり、自由交易都市同盟の資金力はあまりにも魅力的で、彼ら自身が「金の生る樹」と言うのも肯定せざるを得ない。
(トライゾンは軍事的無能で失脚したが、今の帝国は内乱が終結し、戦う相手と言えば南から来る魔族か、時折北海の向こうからやってくる蛮族くらいのもの。であれば、今……金の生る樹の果実を私が独り占めできれば…………!)
今までどちらかと言えば協力に否定的だったアゴスティーニだったが、持ち前の頭の回転の速さで様々な物事を計算し、場合によっては彼らと手を組むことで自分の利益になるのではないかと思い始めた。




