第435話 生き残りたい
「それで、姫様はこれからどうされるおつもりで?」
「……わからないわ。なにしろ、帰る場所がなくなっちゃったんだから」
「仇討ちとかは考えないのですか?」
「それは考えたけど、今の私には力が全く足りないし……それに正直、父さんやアヴァリスが死んだのも、戦いに負けたせいだから、あまり敵を恨む気になれないの」
貴族に生まれた者として、一族を死に追いやった者に対して復讐するのは当然なのだろうが、フランシール自身はブレヴァン侯爵家の一員として、西帝国に内乱を引き起こした負い目がある。
今更勝者に対して、仇討のために頑張ると言っても、おそらく帝国内では誰も応援してくれないだろう。
とはいえ、自ら帝国に赴いて死を賜ろうと思うほど、フランシールは覚悟が決まっているわけでもない。
変える場所がなくなった自分は今後どう生きればいいか、全くビジョンが見えないのである。
「ならば、今はとりあえず生き残る、ということを目標としてみてはいかがでしょう」
「生き残る?」
「おや、ピンときませんか? 姫様はこのままだと、数日以内には「取引材料」として、西帝国に身柄を引き渡されかねないんですよ」
「なんですって!?」
フォルゴーレの言葉に「まさか!」と、俄かに信じられない様子のフランシール。
しかし、フォルゴーレの瞳が彼の言葉が真実であることを物語っている。
「帝都にいる私の知人から急ぎの連絡がありました。次期皇帝の地位が確実となったレオニスは、自由交易都市同盟を「中立条約違反」と非難声明を発し、帝国軍に出撃を命じたとのことでした。帝都タイラスルスにいた都市同盟の商人らは、おそらく今頃次々に捕らわれ、港に係留していた商船は直ちに接収されることでしょう」
「西帝国が都市同盟を攻撃する!? そ、そんなことしたら、北海航路の貿易が途絶えて、帝国にもかなりの不利益があるんじゃない!?」
「おそらくは、それを承知での決断なのでしょう。普通なら愚かな決断と言われるでしょうが、我らはマルセラン派に深く与しすぎましたゆえ、レオニス派の逆鱗に触れたのでしょう。そして、どうせなら早めに対処したい、ということなのでしょう。現に、レオニス様の声明が発表された翌日には、リヴォリ城にいる軍に動きがみられます。これが意味することはただ一つ……」
「ずっと前から、ここを攻撃する用意をしていた……?」
「我ら都市同盟の者たちは、西帝国をいささか侮りすぎたようです。特に、あの新たなアルトイリス侯爵…………事前の情報では、大した人物ではないように思えましたが、そのような人物がフォントラル侯爵領をあれほど短期間で占領し、セダン城を無血開城させ、5倍近くの戦力の軍を打ち破ることができるとは思えません。また……これは極秘情報ですが、姫様の御父上からアルトイリス侯爵の暗殺依頼を受けた暗殺ギルドでも、腕利きを何名も派遣したにもかかわらず、全員消息を絶ってしまっているとか。これは明らかな異常事態です」
フランシールもアヴァリスから新しいアルトイリス侯爵リクレールの話を聞いたことがあるが、彼が話を盛る性格だと加味しても、正直無力な子供だとしか思えなかった。
そんな人物が、名門のアルトイリス侯爵を継いだとしても、聖剣を東帝国に譲渡させられた以上、早晩有名無実化するだろうというのが彼女の認識だった。
だがそれは、完全な間違いだったことに今頃ようやく気が付いたのである。
「西帝国軍……いえ、アルトイリス侯爵軍は、早ければ3日も経たないうちに、ここハキナトリアに押し寄せてくるでしょう。対して、我らはハキナトリアの強力な防衛設備と、運河と城壁を組み合わせた鉄壁の陣地があるとはいえ、守備兵はほぼ傭兵頼りで、確実に防ぎきれるとは言い難い状況です。そうなれば執政官たちはこのように思うでしょう」
フォルゴーレはいったん息を整えると、冷酷な事実を告げる。
「自分たちの商売の妨げになるより、姫様をさっさと売り渡して手打ちにしたいと」
「っ!!」
ここにきてようやく、フランシールは自らが生命の危機に陥っていることを自覚するのだった。




