第430話 罪人は黙して語らず
前皇帝オルセリオ三世の弟マルセランは、皇帝の死のその瞬間まで個人的な仲は良好なままだった。
また、皇帝の孫レオニスとの関係も悪くないどころか、元々レオニスの後見人はマルセランであり、まるで自分の息子のようにかわいがっていた。
そんな彼がなぜ……兄が死ぬように仕向け、自ら後見人としていた甥孫をも殺そうとしてまで、自ら帝位についたのか?
(私は一体、どこで間違えたのだろうか……)
地下牢から刑場に引きずり出されたマルセランは、何回目かもわからない自問自答をするも、やはり己の中に答えはない。
あの時ああしていればよかった、という事柄は尽きないが、実際どれが自らの運命にとどめを刺したのか、考えても納得のいくものは見つからない。
(兄を……皇帝を引きずり降ろさなければ、いずれこの疲弊した帝国は限界を迎
え、やせ細った挙句に魔族に蹂躙されていたであろう。ゆえに、強い西帝国を取り戻さねばならなかった……そのためには、古い秩序をすべて消し去り、蛇のごとく脱皮しなければならない。だというのに、毛局脱ぎ捨てられた皮となったのは、私の方であったか)
そう、マルセランが内乱を起こした理由は、怨恨でもなければ、自らの権力欲の為でもない。
トライゾンもそう言っていたように、彼もまた西帝国を再び強い国に戻したかった……そのためには数十年、下手したら100年以上はかかるかもしれないし、いつかの栄光を取り戻したころには自分は確実にこの世にいないだろうが、そのための土台くらいは作っておきたかった。
しかし、理想が正しいからと言って成功する保証はない。
マルセランは幾度となく判断を誤り、臣下たちの心をつなぎ留められず、昨日まで味方だと思っていた者たちに捕らえられて地下牢にぶち込まれた。
結局マルセランには……新たな理想を形作るだけの力量がなかったのかもしれない。
マルセランが描いた帝国の再生計画は彼の死をもって白紙となる。
その後、オルセリオ三世の時代に逆行するのか、はたまた別の道を歩むのか、マルセランには当然知る由もない。
それでも……マルセランの唯一の希望は意外にも、殺すよう命じたはずのレオニスが生きていたことだった。
(レオニス、君には酷いことをしてしまった。私のことは許さなくてもいい。そのかわり、どうか……西帝国を、再び強い国に……)
最後に大声でそう叫べば、確実に伝わったかもしれないが、敢えて目線で訴えることしかしなかったのは、レオニスの優しさを知っているマルセランが、万が一にも自らの処刑をためらうことがあってはならないよう、せめてもの配慮だった。
(エスペランサ……僕は、出来ればマルセラン様とも一度は話したかったな)
『まあ、あの僭称者とでございますか? トライゾンはさておき、わたくし的にはあのような男からは流石に学ぶことはないかと思いますわ』
(いや、ただ単に……あの人の本心を聞いておきたいと思って。マルセラン様は、決して自分の欲で反乱を起こす人じゃないはず。トライゾンに担ぎ上げられただけなのか、あの人なりの理想があったのか。僕は昔から、負けた人から学んできたから、どうしてもね)
『左様でございますか』
おそらくはレオニスに向けて視線を向けているであろうマルセランだが、肝心のレオニスは親しかった記憶しかない大叔父を処刑することが心苦しいのか、若干目を背けてしまって目を合わすことができなかった。
そのかわり、リクレールが……マルセランが言外に何かを伝えたがっているのかもしれないと感じたのだった。




