第426話 政治と恋愛
全員が声がした方向を向くと、果たしてそこにはベルリオーズとランツフートを伴ったレオニスの姿があった。
その場にいた者たちは直ちに跪いて、すぐに言い争いを停止すると、ランツフートがやれやれと言った風に前に出た。
「ベルリオーズからある程度事情は聴いた。なんでもヴィクトワーレのことを巡って、リクレールとビュラン、ザイドリッツが揉めていたとか。そのこと自体に俺からとやかく言う気はないが、少しは場所を考えろ」
「も、申し訳ございません!」
「お……恐れ入ります」
「二人とも、そこまで恐縮することはない。ただ、この場で言い争うのはほかの者たちの迷惑になる、もしよければ私が仲裁もかねて謁見の間で双方の意見を聞こう。このようなことで、優秀な家臣同士を分断するわけにはいかないからな」
『ははっ』
こうして、レオニスの取り計らいにより、ヴィクトワーレを巡る争いは場所を移して謁見の間で行うこととなった。
だが、先程は当事者同士だけだったからこそ双方遠慮なく言い合うことができたが、いざレオニスの前だと、私的なこと――それも女性を巡る争いなので、あまり自分の欲望に忠実なことは言えず、リクレールもザイドリッツも、どこから話を切り出してよいものか、逡巡することになる。
そのような雰囲気を悟ってか、レオニスはまずヴィクトワーレの父親であるベルリオーズの意見を聞くことにした。
「ベルリオーズ、そなたは娘の嫁ぎ先についてどう考えている?」
「何とも言えませぬな……もともと、我がコンクレイユ家はそこまで婚姻に関しての定めはございませんでしたので、出来れば娘の意思を尊重したいところではございます」
「しかし父上、私が妻をめとった経緯は政略結婚と言っても差し支えないともいますが」
「ビュラン、それはお前が長男にもかかわらず、25にもなるのに浮いた話の一つも持ってこないからだ。それに、最終的に結婚するかの判断をしたのはお前自身だろうに」
「…………」
ビュラン自身、そもそも結婚が恋愛結婚ではなかったのだが、それでも5年前にベルリオーズが持ってきた縁談から、それなりに名門の貴族の娘と婚約した際に、実際に何度か話してこの女性なら問題ないと結婚を決めたという経緯から、少なくとも親から強制された事実はない。
何なら弟(ヴィクトワーレから見てもうひとりの兄)の方は、ビュランより早く自分で結婚相手を見つけてきたのだから、コンクレイユ家がそこまで婚姻にこだわらないというベルリオーズの言葉には一定の説得力があった。
「だが、ビュランとザイドリッツ同士の約束とはいえ、ザイドリッツがヴィクトワーレのことを気に入っていることは知っているし、年齢的にも釣り合うのは事実だ。もし帝国の常識的に通常婚姻が可能な18歳に結婚するとなれば、リクレールと結婚するのはあと4年は待たなくてはならない。さすがに貴族の女性がそこまで結婚が遅いと、色々と不都合なのも事実だ」
「ですが父上、私はほかの誰が何を言おうと気にしませんから、今からでもリクと結婚を……」
「ダメに決まっておるだろう」
この世界の常識では女性……特に貴族の令嬢が20歳後半まで未婚というのはそこそこ遅い。例え事情を知っていたとしても、侯爵家にとって良くない噂が流れかねないくらいだ。
しかし、相手が侯爵とはいえ7歳も年下の未成年と結婚するというのは、いくら何でも常識(というか性癖)を疑われかねない。
いくら結婚は当人たちの意思を尊重させてやりたいとは言え、越えてはならない一線は存在するのだ。
「ふぅむ、これはなかなか……」
レオニスもいざ仲裁を申し出てはみたのだが、ヴィクトワーレ本人の意思に反する結婚と、未成年との結婚ではどちらに軍配を上げるのも難しい。
何より、レオニスにとってリクレールもザイドリッツも多大な功績を上げた若きエース二大巨頭なので、どちらかに肩入れしてどちらかの信頼を失うということは、なんとしてでも避けたかった。
どのように決断すべきか悩むレオニス。そんな彼のところに、一人の男がどこからともなく表れた。
「レオニス殿下、恐れながら某によい案がございます」
「む、アゴスティーニか」
飾り気はないが、それなりに上等な服を着た、賢そうながらもどこか陰険で油断ならない目つきをした男アゴスティーニが、悩めるレオニスを見て、ここぞとばかりとある策を奏上するのだった。




