第410話 地獄に落ちろ
「どうしたんだいアヴァリス、僕を殺すんじゃなかったの? それとも、僕のことが怖くなった?」
「だ……誰が、お前なんか……! お前のことなんか怖くねぇっっ!!」
敢えて最後まで残したアヴァリスに相対するリクレール。
アヴァリスは怒りでリクレールを殺してやりたい気持ちと、ありえない強さの敵と相対した本能的な恐怖がごちゃ混ぜになり、完全に錯乱した顔をしていた。
「野郎ぶっ殺してやぁぁる!」
怒りに身を任せ、剣を振るおうとするアヴァリス。
その動きに洗練されたものは何一つなく……ただひたすら、己の激情に身を任せ、何も考えずに動いていた。
(ああそうか……だからこの男は、ここまで堕ちたのか)
ブレヴァン侯爵家の末弟アヴァリス――――士官学校の歴代卒業生には、彼を越える天才秀才はそれなりにいるが、それでもリクレールが通っていた時点では、善学級の頂点に立つ白竜学級の中でも、リクレール以外の生徒から満場一致で級長として信任されるほどの実力者であったことは間違いない。
厳しい担任のデュカスも、何度か小言を言いながらも、アヴァリスにはかなり期待しており、おまけに許嫁のレイアからも全幅の信頼を置かれていた。
それゆえ、シャルンホルストと幾度となく戦った際は、ほかのブレヴァン侯爵軍の将軍より効果的に戦えていたし、帝国兵たちからも悪くは思われていないはずだった。
だが……彼は生まれてこの方、挫折や敗北とは無縁だったことが、却って逆境への対応力を弱める結果になったのだと、リクレールは思った。
人生は順風満帆、親は有力な侯爵である上に、将来は皇帝の座すら約束されている立場だったことで、アヴァリスはたとえどんな状況でも、自分のやることなすこと上手くいくと考え、自らを省みるということをしなかった。
それゆえ、こうして追い込まれてしまった時は、何とかして勝つか、生き残るかの手段を講じねばならないというのに、この男は……敗北しつつある現実を受け入れを拒絶し、喚けばすべてが思い通りになるとでも思っているかのように思考を停止してしまっている。
『そして、この男の弱さを暴いたのが、主様なのでございます。わたくしが初めてこの男と出会った時……あの士官学校の門でのやり取りの時から、この男の敗北は運命づけられていたのです。もし、主様が私と出会わず、この男がこの度の戦いの勝者になっていたとしたら……皇帝の後を継いだ後、西帝国という国家は地図から消え去っていたことでしょう。主様は、そう言った意味でも、この国を……お姉さまが命を賭して守ろうとした帝国を、再び守り抜いたのでございます』
(ああ、エスペランサの言う通りだ。きっとこいつが西帝国の皇帝になったら、西帝国は魔族に蹂躙され、残っている東帝国も、セレネがいくら頑張っても、巻き返すのは難しい状態になったかもしれない。ああそうだ……そうだとも、この男は、この世から消し去らないと……!!)
アヴァリスの動きがスローモーションに見えるほど、不思議なくらい高速でそのようなことを考えたリクレールは、改めて目の前の宿敵に向き合う。
剣術の腕も学園内で最上位に近いと言われていたアヴァリスの剣技も、乱れた感情と思考で見る影もない。
リクレールは打ち合うまでもなく斬撃を僅かに動いて躱すと……次の瞬間、まるで疾風のように一瞬でアヴァリスの横をすり抜けた。
「地獄に落ちろ」
「なにを…………ぐ!? ぐああぁっっ!!??」
一瞬、自分の身に何が起きたのかわからなかったアヴァリスだったが、瞬きしもしないうちに彼の身体が腰のあたりで真っ二つとなり、下半身と上半身が別れたまま地面に血と内臓をぶちまけ……すぐに息絶えた。
身体を切断する処刑の中でも「腰斬」は、帝国において重罪を侵した罪人が執行される刑罰であり、魔剣エスペランサの異様な切れ味によって、アヴァリスは生きて立ったまま「腰斬」に処されるという歴史上でも類を見ない末路を辿ることとなった。
リクレールの想像以上の強さと、あまりにも凄まじい殺し方に、観客たちは唖然として会場は一瞬静まり返るも、勝者を称えるファンファーレが鳴り響くと、会場は再び大歓声に満ち溢れたのだった。




