第403話 最期の美酒
「そうだな、せっかくだから最後にもう一つ、お前に忠告しておこう」
「忠告?」
「交易都市同盟は思いの外、西帝国のあちらこちらの闇に根を張っている。奴らは帝国から様々な条件と引き換えに中立を維持させてやっているというにもかかわらず、裏では密かに帝国から利益をかすめ取ろうと画策している……いや、下手をすれば帝国そのものを腐らせ倒壊させようとしている。数年前より我が配下として使っていたバラドワイズという女……奴は元々都市同盟の出身だそうだが、どうやらほかにも裏がありそうだ。残念ながら、私の手では追い切れなかったが、いずれ帝国に牙をむくのは必定…………お前たちには、私の知識を授けたからには、むざむざと西帝国を奴らに吸い尽くされるなどという最期を辿らせないよう励むことだな」
「…………ご忠告痛み入ります。では、色々教えてくれたことへのお礼として、約束通りあなたにはこれを渡しておきます」
そう言ってリクレールは、ワインが注がれた杯をトライゾンの前に置いた。
このワインは、トライゾンがこの戦いに勝利した際に開けようと考えていた秘蔵の一本であるが…………このワインには猛毒が仕込まれており、飲んでしまったら最後、急激に意識を失って息絶えるという代物だった。
「ランツフートさんやシャルの許可は取ってあるから、僕の事情は気にしなくていい。好きな時にゆっくり味わってほしい」
「最後の最後まで小癪な真似を…………これ以上お前の顔は見たくない、とっとと立ち去れ」
その言葉を最後に、リクレールはトライゾンに背を向けて、地下牢化の出口に続く階段を上っていく。
彼が地上に出る直前、背後から空の盃が石畳に転がるような甲高い音が聞こえた。
トライゾンは本来、西帝国内乱終結後に首謀者の一人として裁かれた後、新皇帝の名のもとに見せしめとして処刑される予定だった。
それは貴族にとって最も屈辱的な「火刑」かあるいは「磔刑」ということになるだろうが……リクレールはせめてものお礼として、彼に服毒自殺という由緒正しい貴族の死に方を与えた。
もっとも、勝手に殺したということが明らかになれば、リクレールは非難されるだろうが、ランツフートやシャルンホルストと相談の上、トライゾンの表向きの死因は「牢獄の中で病死した」ということになるだろう。
ともあれ、リクレールはようやく自らの手で「姉マリアの仇」の一つを自分の手で撃ち滅ぼした。
後残るは……自分自身の報復を成し遂げるのみだ。




