第399話 黙秘
ブレヴァン侯爵トライゾン――――この度の内乱の元凶であり、西帝国のすべてを手に入れる手前まで手を伸ばした男は、今やリヴォリ城の地下牢の住人となっていた。
彼が意識を取り戻したのは、ちょうどリクレールとゼークトが合流した次の日で、ほかの貴族たちと共に重要な捕虜運搬用の檻で運ばれることとなる。
リクレールたちは、目覚めた彼がもっと喚き叫ぶかと思っていたが、意外にも彼は終始無言のまま虚空を眺めるばかりで、リクレールはもとより、元部下だったロパルツが恐る恐る声をかけても、怒鳴りもせずに虚ろな目でじっと見返すだけだった。
そして、その状態のままリヴォリ城の凱旋行軍に参加させられる羽目になった……というより、さながら市中引廻しのごとくリヴォリ城の住人たちの眼に晒されることとなり、英雄として大歓声を浴びるアルトイリス軍と引き換えに、トライゾンをはじめとしたブレヴァン侯爵家貴族たちは、怒りと罵声と共に散々に物を投げつけられた。
石を初め、腐った卵や果物、果ては窓の上から汚物をぶっかける者さえおり、住人達がいかに彼らを憎んでいるかがよくわかる。
彼らは帝国有数の大貴族として、周囲の弱小貴族をあの手この手で滅ぼして土地を奪う過程で、囚われた家の貴族たちが檻に入れられて泣きわめくのを、指さして笑っていたこともあったが、それが自分の身に帰ってくることになろうとは思っても見なかっただろう。
捕虜があまりにも多かったせいで、リヴォリ城の牢屋だけでは入りきらなかったため、比較的低級の貴族や脱走の可能性が低い捕虜は、改めて別の城に護送されることとなるが、トライゾンやアヴァリスといった重要な捕虜は、万が一にでも脱走しないよう、脱出が困難な地下牢に放り込まれた。
アヴァリスはあまりの扱いの悪さに発狂したのか、しばらく檻をガシガシやるなどして猿のように暴れ狂ったが、途中で体力が尽きたのか大人しくなり、そこから暫く地下牢は沈黙に包まれた。
光がほとんど入らない、薄暗く湿気の多い地下牢は、囚われている者たちの体内時計を狂わせ、一体どれだけ自分たちがここにいるのかわからないようにしてしまう。
そんな地下牢にいても、トライゾンは相変わらずただ虚空を見つめるだけで何も反応せず、まるで自らの運命を受け入れて、そのまま運命の激流に身を任せて沈んでいこうとしているかのようだったが…………彼らが牢屋に入れられた次の日には、何名かの人間が地上に続く扉から地下牢の通路に降りてきた。
「アヴァリスとその同級生たちは、例の場所に移送しておいて。それで、捕らえた人たちにもきちんと食事は出しておくようにね。捕虜とはいえ、彼らにはまだ生きてもらわなければいけないから」
「かしこまりました」
やってきたのはどうやらリクレールのようで、彼は兵士たちに命じてアヴァリスら白竜学級の生徒たちを別の場所に送ると、牢番には捕虜たちにきちんと食事を摂らせるよう厳命した。
牢番らは少し嫌そうな顔をしていたが、これも仕事のうちなので渋々やらざるを得ず、色々ぶつけられて腐敗臭を漂わせる捕虜たちに、温かいスープとやや硬いがきちんと食べられるパンを与えた。
昨日から何も食べていなかった捕虜たちは、恥も外聞もなくスープを飲み干し、手づかみでパンを齧ったが……トライゾンだけは、それらの料理に一切手を付けることなかった。
やがてまたしばらく時間が経過すると、牢番たちが今度は夕飯を運んできて、空になった器と交換する形で回収していったが、トライゾンは食べ物に一切手を付けていなかったせいでパンやスープをネズミが齧っている有様だった。
「おいお前、せっかくアルトイリス候が恵んでくれた食事に手を付けないとは、どういう了見だ!」
「…………」
「ちっ、貴族の癖に口もきけねぇのかよ。夕飯はここに置いておくが、次ネズミの餌にしたら、今度から飯抜きだからな」
牢番はそう言って、心底不愉快そうにネズミらを踏みつぶし、朝食をひったくるように回収すると、やや乱雑に夕食を配膳するのだった。
だが、それでもトライゾンは……無反応のままで、牢番は却って気味が悪くなり、バツが悪そうにその場を後にするのだった。




