第389話 ラヴェルの戦い 25
勝者に絶大な栄光と名声を齎した会戦は、一方で敗者の側に深い絶望を叩き込んだ。
そして、その絶望を最もその身に受けたのは、戦場の後方で檻付きの馬車に囚われたまま、自軍が一方的に敗れるさまを見せつけられたアヴァリスだった。
「俺は……悪夢を見ているのか!? どう考えても、うちの軍が勝つはずだった……! この広い平野で、兵力差も圧倒的なのに、なぜ負けたんだ! くそっ、やっぱり戦下手の親父なんかじゃなくて、俺が全軍を指揮できていれば、こんなことにはっ!!」
そう言って彼は、号泣しながら何度も拳を馬車の床に叩きつける。
「なぜだ! なぜあの落ちこぼれが勝つんだ! この世界は間違っている! そうだ、俺は悪夢を見ているだけだ……目を閉じて、開けば、俺たちの勝利が………っ!」
現実から逃れようとするかのように、アヴァリスは目と耳を塞いで、夢ならば覚めろと強く念じていたが、どうやっても世界が彼の思い通りになることはなかった。
しかも、この上さらに彼を絶望させる光景が映ることとなる。
「何だあれは、あの血まみれの巨体はまさか……ドヴォルザークか!? ドヴォルザークが死んだのか!? 嘘だろ!?」
アヴァリスのいる馬車の前を、血まみれのまま気絶したドヴォルザーク将軍が、荷車で仰向けのまま運ばれていた。
実はまだ死んではいないのだが、何も知らない者が見たら、死んだと思ってしまうのも無理はないだろう。
そして、次に目の前を通ったものに、アヴァリスは一気に血の気が引いていくことになる。
「あ、あれは、親父…………おやじが、まさか……」
そこには、二人の兵士が運ぶ担架の上に横たわるトライゾンの姿があった。
こちらも幸い命はとりとめたが、顔の下半分と服が鼻血で赤く染まり、顔も土気色になっているのを見ると、やはり一見すると死んでいるようにも見えるだろう。
親子中はそこまで良好とは言えず、出陣前には理不尽に自分を罵倒してきた父親であったが、なんだかんだ言ってアヴァリスにとっては最も身近な肉親の一人であり、その父親が敵兵の手によって運ばれていくのを見た瞬間、彼の中で何かが崩れたような感覚がするとともに、全身から力が抜けていった。
「親父……っ! 親父……っ! くそっ、くそぉっ! なんでだっ、なんで俺たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉぉっ!!」
マルセラン派の首魁にして、ブレヴァン侯爵軍の総司令官であるトライゾンが敵の手に落ちたのなら、それすなわちアヴァリスが所属しレイル側の全面敗北を意味する。
まだ帝都にはマルセラン及び彼を持ち上げる帝国貴族が健在ではあるものの、ブレヴァン侯爵領が丸ごとアルトイリス軍に占領されたことで、帝国全土のパワーバランスは一気にリクレールの側に傾き、そう遠くないうちに帝都タイラスルスは陥落することだろう。
自意識過剰なアヴァリスでも、そのことがわかるがゆえに……彼はもう、すべてが終わったことを悟って、ひたすら己の身に降りかかる不条理を嘆くほかなかった。
そうしてめそめそしている彼のところに、檻の外からリクレールが声をかけて来た。
「どうだった、アヴァリス。言った通り僕が勝ったよ」
「……俺はお前が勝ったとは認めない。たとえ俺が死んでも、俺はお前を落ちこぼれだという認識を改める気はない。落ちこぼれは落ちこのれのまま、生意気なことしないで、負けて野垂れ死ねばよかったんだ」
「なるほど、それはある意味で君からの賛辞と受け取っておくよ」
「こいつ……」
誰の目から見てもリクレールの勝ちは明らかだというのに、このプライドだけは誰よりも高い男は、何をどうやったとしてもリクレールを見下すことはやめなかった。
ここまで徹底的だと、リクレールも却ってアヴァリスのブレなさを評価したいくらいだった。
「けど、僕個人としても、完全に君に勝ったとは思っていないんだ」
「なに?」
「だから僕は君に、もう一度だけチャンスを上げようと思う。だから君には、もう少しだけ僕のわがままに付き合ってもらおうか」
「……っ」
リクレールが投げかけた冷たい言葉に、アヴァリスは無意識にたじろぎ、馬車の中で思わず後退った。
果たしてリクレールは、アヴァリスに何をさせるつもりだというのだろうか。




