第386話 ラヴェルの戦い 22
デルセルトとサロメの部隊500人が、ブレヴァン侯爵軍本隊の背後に突入した時、この戦いは完全に決したと言ってよかった。
前、右側面、そして後ろの三方向から猛烈に攻め立てられた上、ドヴォルザークが消息不明、ボルツが戦死と、立て続けに指揮官がいなくなったことで、もはや体勢を立て直すことは叶わない。
それに、リヴォリ城の長期間の包囲から、自軍領内に戻る道中で何度か夜襲を受けたことで夜も満足に眠れず、その上行軍中に接敵したことで休憩することなく戦闘に突入したこともあって、ブレヴァン軍はかなり疲弊しており、しっかり準備して待ち構えていた気力十分なアルトイリス兵相手に満足に力を発揮できなかった。
「な、なんだこれは! 何が起きている! 誰か報告しろ!」
「か……閣下、この状態では身動きが取れず、伝令もままなりません! ですが、どうやら後方から敵兵が現れたようで、最後尾の兵がこちらに押されてきております」
「大変です! ボルツ様が、せ……戦死いたしました! コンクレイユ騎士団の勢いが止まりません!」
「左翼部隊も混乱に陥っているようです! 味方同士の兵が入り乱れ、後退もできないと……!」
「お……おのれ!」
三方向から圧迫された中央の部隊は、もはやおしくらまんじゅうのような過剰な密集状態になってしまっているせいで、満足に武器も振るえず、人でごった返しているため何が起きているのか全く分からない状態になっていた。
また、トライゾンは自分の安全を最優先にしたせいで、貴重な侯爵軍の正規兵や、それなりの戦力となったであろう優秀な傭兵を自らの周囲に重点的に配置してしまったことがアダとなり、せっかくの重要戦力は完全に持て余してしまっている。
そうして軍全体が大混乱に陥っている間に、アルトイリス軍は外側からタマネギの皮を一枚ずつ剥がすかのように、敵兵をガリガリ削っていった。
「みんな、僕たちの勝利はすぐそこだ! 特に敵の総大将ブレヴァン侯爵トライゾンは絶対に生きて捕えること! 生きて捕えたら莫大な褒賞が待っているよ!」
『うおおぉぉぉぉっっ!!』
「こ、この私を……生きて捕える、だと!?」
トライゾンの耳に、戦場を駆け回るしクレールが自軍を煽る言葉が聞こえた。
戦場で殺すのではなく、生きて捕えるということは…………すなわち、リクレールはトライゾンに死すら生温い屈辱を与えたうえ、内乱の首謀者として公開処刑する気なのだと理解した。
(数倍の兵を持って戦いを挑んだ挙句、無様に敗北し、この上さらに生きて囚われ、屈辱を晒す羽目になるのか…………賢狼と名高い、この私がっっ!!)
悔しさのあまり手のひらに爪が食い込むほど拳を強く握り、歯にヒビが入りそうなほど強くかみしめたところで、ふと彼は唇のあたりに生暖かい液体が流れるような感触を感じ、何気なく袖で鼻を拭ったところ――――
「なんだ、これ……は?」
豪華な貴族服の袖に、血がべっとりついていた。
周囲にいた側近たちも、ようやくトライゾンが鼻から大量の血を流していることに気が付いた。
「か、閣下!? 鼻から血がっ!!」
「衛生兵だ! 衛生兵はどこだ! 早く手当てしなければ!」
側近が慌てて衛生兵を呼ぼうにも、この過密状態ではどこにいるかもわからず、分かってもすぐに駆け付けることなどできない。
そうしているうちにトライゾンは次第に視界が暗くなり…………意識を失って、馬上から崩れ落ち、周囲で密集している兵士たちの上に覆いかぶさるように倒れた。
彼の生死はしばらくわからなかったが、これは明らかに「血の巡りが悪い」症状に近く、仮にここで死に至れば、皮肉にも彼が実質暗殺したも同然の前皇帝と同じ死因となることだろう。




