第385話 ラヴェルの戦い 21
アルトイリス軍左翼は敵の右翼を粉砕し、ヴィクトワーレたちコンクレイユ侯爵騎士団も、体力の温存方針から一転して大攻勢に移った。
そして、時間稼ぎのために防御態勢で少しずつ前進していた右翼側は、今ようやく両軍が武器を交えたばかりだった。
リクレールは兵士の大半をアリシアとナナリーの部隊に割り振っていたことで、フルトヴェングラーとジェニファーに割り振られている兵数がかなり少なくなっており、いくら質に差があるとはいえ数で押し切られる恐れがある。
そこで、二人にはわざと接敵を遅らせた上で「その時」が来るまで防御に徹するよう指示を出したことで、戦場の東西で戦闘開始のタイミングに大きな差がついてしまい、ブレヴァン軍左翼はほとんど何もしていないうちに味方の一部が撃破されたという連絡を受け取ってしまうことになる。
「伝令! ドヴォルザーク将軍の部隊が壊滅いたしました! アルトイリス軍の一部が、トライゾン様の部隊に側面と背後から襲い掛かっております!」
「バカな、まだ戦いは始まったばかりではないか! それに、ドヴォルザーク将軍が倒されるなど、何かの間違いではないのか!?」
「虚偽の報告ではありません! 現在中央の部隊が危機に陥っております! このままではわが軍は右側から食い破られます!」
ヨランドの代理で指揮を執っていたロワルガム伯爵は、自分たちがのんびり前進している間に味方が危機に陥ったという報告を聞き、その報告が嘘ではないかと何度も疑ったが、起きたことは覆らなかった。
このままでは自分たちが目の前の部隊を撃破するより前に、本陣が突破されてしまうかもしれない……彼は自分の手勢の一部を分割して、本陣への増援に当てようかとも考えたが、その考えを実行する前にアルトイリス軍側で動きがあった。
「フルトヴェングラー! ジェニファー! 待たせたね、ようやく左翼側が敵陣を突破した。二人の部隊も前進して、敵を押し込むんだ」
「ほほう、思ったよりも早かったですな。若い者たちもよくぞあのドヴォルザーク将軍を撃破したものだ」
「兵士たちには随分と我慢させましたから、彼らにもそろそろ手柄を立てさせてあげましょう。さあ皆、侯爵様から攻撃の許可が出たわよ、思う存分敵を倒して、手柄をもぎ取りなさい!」
『おおおぉぉぉっ!!!!』
今まで耐える一方だった右翼側のアルトリス兵たちは、待ち望んでいた攻撃命令を貰ったことで、甲羅に籠っていたカメが瞬時に首と前足を伸ばしたかのごとく、一気に攻勢に出た。
敵が消極的だったことに油断していたブレヴァン侯爵軍は、突然豹変して襲い掛かってくるアルトイリス兵に成すすべなく撃破されていった。
「オラオラオラ! 俺様の手柄になれぇっ!」
「うわっ!? なんだこいつら、急に動きが……ぐわっ!?」
「ぼやぼやしてると、ほかの部隊に食われちまうぞ、その前に俺たちが喰らい尽くしてやる!」
「ひ、ひええぇぇっ!?」
正面兵力はアルトイリス兵1000人と、ブレヴァン軍5000人で圧倒的な差があるにもかかわらず、フルトヴェングラーたちが攻勢に出た瞬間に、ブレヴァン軍は猛烈な勢いで押されていった。
また、彼らに命令を授けに来たリクレールも、せっかくここまで来たのだからと自らも馬上で剣を振るって激しく切り込み、腰が引けている敵兵を、まるで小枝を鉈で断つかのごとく切り倒していく。
こうして、右、中央に続き、左翼も押し込まれたブレヴァン侯爵軍はほとんど全面敗走寸前の状態となったが、ここでさらにダメ押しとばかりにアルトイリス軍の新手が思わぬ方向から姿を現した。
「クッハハハハ!! 見ろよ、ブレヴァン軍の奴ら、ほとんど総崩れじゃねぇか!」
「凄まじい光景ですわね……あの大軍がいともあっさりと一方的に撃破されていますわ」
「当然だ、奴らは碌な訓練を積んでねぇし、何よりここ数日の行軍と俺たちの奇襲フェイントで奴らは疲れ切っている。本拠地を抑えられて補給が止まって、時間との勝負になっちまった時点で、あのクソ侯爵は負けたも同然なんだよ。そいじゃ、俺たちは美味しいところを搔っ攫いに行くぞ!」
「この戦いで功を稼げば、侯爵家の復興だけでなく、ほかの貴族の領土を分捕れるかもしれないですわ! 張り切りますわよ、テュレンヌ!」
「仰せのままに、お嬢様」
なんとこのタイミングで、ブレヴァン侯爵軍の行軍を妨害していたデルセルトとサロメの部隊が、ブレヴァン軍の背後から襲い掛かったのだった。




