第383話 ラヴェルの戦い 19
「おい、前陣はなぜ前進しない! ボルツたちは何をやっている!」
ブレヴァン軍中央で戦闘の様子を見守っていたトライゾンは、ボルツの部隊がちっとも前に進もうとしないことに苛立っていた。
彼のいる場所には、周りに兵士が多すぎるせいで左右の陣どころか前の陣の様子さえもよく見えておらず、部下からの報告に頼るほかなかったので、戦線の把握が非常に遅れていた。
「閣下、どうやら敵はコンクレイユ騎士団が前面にいるようで、ボルツ伯爵の部隊は苦戦を強いられているとのこと…………」
「奴らめ、ロディ渓谷にいるのではなかったのか? 厄介な……相手がコンクレイユ騎士団であれば、ボルツの奴に預けた弱兵では、人肉の盾にしかならないであろうな」
自分たちの前面にいるのが、帝国屈指の精鋭と名高いコンクレイユ騎士団と分かると、前陣が全く進まない理由をすぐに理解すると同時に、敢えて弱兵を前に立たせたのは失敗だったと判断した。
これがいつも通り、ドヴォルザークを先陣にして、敵の主力にぶつけていれば、もしかしたら今頃は敵の前衛を食い破り、後続の兵の数の暴力で押しつぶすことができたかもしれなかったが、トライゾンは金ばかり消費して何の役にも立たない弱い傭兵を、わざとすり潰すことを前提に作戦を立ててしまったのだから、しばらくは味方が敵の精鋭に殺されていくのを見ていることしかできない。
だが、それでもトライゾンはまだ自分たちが不利になったとは微塵も思っておらず、むしろこれはこれで十分勝ち目がある作戦だと考えていた。
「とはいえ……例えボルツの部隊が食い破られたとしても、私の部隊が控えている。前衛とやりあい、コンクレイユ騎士団が消耗したところを反撃すればよい」
トライゾンは今回の内戦で敵陣営が傭兵を殆ど雇用できないよう、西帝国中の傭兵をかき集めたので、ほとんど雇う価値がない雑魚傭兵まで抱えることになったが、それと同時に帝国で名の知れた有名な傭兵団も多数加わっていた。
そして、トライゾンは自分の部隊に有能な傭兵たちを大勢配置しており、弱敵との連戦で疲弊したコンクレイユ騎士団に対し、満を持して彼らをぶつけることで突破できると踏んでいたのである。
こうしてしばらく前陣が体を張って(強制的に張らされているとも言うが)コンクレイユ騎士団を食い止めているのを眺めていると……何やら右翼側の様子がおかしいことに気が付いた。
「……? 何やら右翼側が騒がしいな。ドヴォルザークが暴れまわっているからか?」
戦場西側の方を向くと、そちら側から無数の叫び声や悲鳴が聞こえ、激しい戦いが巻き起こっているのか、大量の土煙が上がっている。
トライゾンはてっきり戦場では無敵の強さを誇るドヴォルザークが大暴れしているものと思い込んでしまい、まさか自軍が一方的に蹂躙されているとは、この時点では思いもしなかった。
だが、中央部隊の右側にいる自軍の兵士たちが、何やら動揺しているのを見たことで、トライゾンもようやくドヴォルザークの部隊の方でよくないことが起きているのではないかと思うようになった。
彼は臣下に右翼側で何が起きているのか見てくるよう命令しようとしたが、すぐに、伝令が大慌てで味方をかき分け駆け込んできた。
「た、大変です! わが軍の右翼部隊が……か、壊滅状態です!」
「なにぃっ!!?? 右翼部隊が壊滅しただと!? そんなバカな話があるか、ドヴォルザークは何をしている!?」
「それが、ドヴォルザーク将軍は……アルトイリス侯爵との一騎打ちの末、討ち取られたと……」
「お前は何を言っているんだ!?」
トライゾンが思わずそう口にするほど、伝令の報告はでたらめのように思えたのだが、報告した伝令は顔が真っ青で全身が震えており、とてもうその報告を持ってきた態度とは思えなかった。
だが、生まれてからタイマンで一度も負けたこともなく、上級魔族すらも力でねじ伏せたという帝国最強の猛将の一人が、平民の子供にすら喧嘩で負けると評判のリクレールに、一騎打ちで負けるというのはどう考えてもあり得ない。
その在りえないことがなぜ起きてしまったのか……意味が分からず混乱するトライゾンの元に、続々と悲報がもたらされる。
「か、閣下! 壊滅したドヴォルザークさまは以下の部隊が、こちらの陣に逃げ込んできております! そのため、我が部隊にも動揺が広がっております!」
「敵が側面に現れました! 勢いがすさまじく、止められません!」
「背後からも攻撃を受けております! 閣下、我らはどうすればよいのでしょうか!?」
「ぬぐぐぐぐ……どいつもこいつも、役立たずばかり……! とにかく反撃、反撃だ! 相手はこちらより圧倒的に少ないのだ、数の優位で相手を押し返せ!」
トライゾンは何とか数の優位を持って敵の攻撃を跳ね返そうとするも、もはや大勢はほぼ決しつつあった。




