第382話 ラヴェルの戦い 18
自軍の猛反撃が始まったのを確認したリクレールは、自分の直属兵にドヴォルザークを縛って捕虜にするよう命じるとともに、再びネージュに跨って戦場を広く見つつ、味方部隊に矢継ぎ早に指示を出していく。
だがその間にも、エスペランサが敵将ドヴォルザークを殺さなかったことを疑問に思っていた。
(どうしてエスペランサはドヴォルザーク将軍をわざわざ生け捕りにしたんだろう。また新しい戦力として酷使したいんだろうけど……あんな人が、僕の言うことを聞くかな?)
『主様、暴君たるものたとえあのような野獣のような男であっても、言うことを聞かせ、使いつぶすものですわ。それに、正確に難があろうとも、あのような才能を切り捨てるのは惜しいですわ』
(エスペランサがそう言うなら……)
思った通り、エスペランサはブレヴァン軍の大黒柱ともいうべきドヴォルザーク将軍を、ゆくゆくは自軍に加えてこき使うつもりらしい。
確かにあれだけの強さがあれば、対魔族軍との戦いでかなりの活躍が見込まれるだろうが、そもそもリクレール自身があの男にあまり良い印象を持っておらず、自分の部下にするなどあまり考えたくなかった。
『主様の気持ちはよくわかりますわ。ですが、これから先、主様の気に入らない者や、敵となる者達であっても、上手く使って行かねばなりません。お姉さまの仇である魔族の討伐には、それほどの覚悟がいるということを肝に銘じてくださいませ』
姉の敵討ちという名目で何でもかんでも押し通されているような気がして、いまいち釈然としいなかったが、エスペランサの言うことは確かにもっともだった。
世の中には自分と合わない人の方が多いだろうし、リクレールに従うなど御免だという者はもっと多いだろう。だが、それらを何とかして使って行かなければ、大きなことを成し遂げることはできない。
「だったら……あの人のことも、この際だから徹底的に利用してみようか」
リクレールは何か思いついたようだが、今はいったん心の中にしまい、目の前の戦いに集中した。
敵の右翼は指揮官を失ったと同時に、前後から攻撃されたことで大混乱に陥り、もはや収拾がつかなくなっていた。
また、リクレールが戦場西側に全軍の半数近くを割いたのも、敵の片翼を集中攻撃して短時間で壊滅させ、その勢いで敵の中央部隊を袋叩きにするという目論見がありあった。
ドヴォルザークのせいで一時頓挫しかけたが、障害となるものがいなくなったことで狙い通り攻撃が一気に集中し、敵に大ダメージを与えることに成功したのである。
「よし、みんないい調子だよ! そのまま敵を半包囲して、一気に敵中央部隊ごと包み込むんだ! ブレヴァン侯爵トライゾンさえとらえれば、この戦いも、ひいては帝国内戦も僕たちの勝利で終わる! そして君たちは、歴史の立役者になるんだ!」
歴史の立役者になる――――その言葉に奮起したアルトイリス兵たちは、ますます容赦なく腰砕けになった敵軍を殺戮していき、ドヴォルザークが捕えられてから少しもしないうちに、敵右翼軍は文字通り「溶けて消える」という末路を辿った。
訓練を積んだ2000人のアルトイリス軍相手では、ただでさえ戦意が低い傭兵が主力の5000人では、ドヴォルザークの力なしだと案山子も同然であった。
だが、ここで彼らが完全に溶けて消え去っていたほうが、マシだったかもしれない。
陣形をズタズタに引き裂かれて潰走したブレヴァン軍右翼部隊の半数以上は、味方に助けを求めようと中央部隊の方に殺到してしまったのだ。




