第380話 ラヴェルの戦い 16
一歩、また一歩、リクレールとドヴォルザーク。あともう数歩でお互いの間合いといったところで、リクレールが心の中でエスペランサと言葉を交わした。
(エスペランサ……僕は君にすべてを委ねる。だから、必ず勝ってほしい)
『お任せくださいませ主様。必ずやこの暴獣のような男を下し、主様の名を高めて見せましょう。しかしながら主様、一つだけ提案があるのですがよろしいでしょうか』
(提案……?)
『この男は討ち取るのではなく、生け捕りにいたしましょう』
(えっ!? わざわざ生け捕りにするってことはもしかして………っ!)
ドヴォルザークをあえて生け捕りにしようと提案されたことで驚愕するリクレールだったが、そうこうしているうちに身体が勝手に横に流れ、最低限の動きだけでドヴォルザークの兜割りを躱した。
全く反応ができなかったリクレール自身の精神は、これ以降完全に思考する余裕を失ってしまい、ひたすらエスペランサに身体を振り回されることになる。
『人間にしては振りが素早いですが、まだまだですわっ!』
(ちょ、ちょちょちょっとおぉぉぉっ!!??)
縦の斬撃を躱したと思った次の瞬間に、リクレールの身体が曲芸のように空中で宙返りをすると、彼の身体のすぐ下をドヴォルザークが横に振るった大剣の白刃が通り抜けてゆく。
巨大な刃物が自分の身体のすぐ下を通過していくというとんでもない光景に、リクレールは気絶寸前になりそうだった。
そんな主の反応を楽しむかのように、エスペランサはとんでもない軌道で敵の攻撃を回避しつつ、隙をついてカウンターの斬り返しで彼の鎧の上から細かい傷をつけていった。
「ちぃぃっ! 物騒な剣を持っている割にはちょこまか動きやがって!!」
一方のドヴォルザークは、戦っているリクレールに対してかなりの違和感を感じた。
戦いのプロであるドヴォルザークは、相手の動きや僅かな表情から、リクレールが自分のことを恐怖していることを感じ取っているのだが、それにしては動きに迷いがなさすぎる。
そう、まるで別の何かが体を乗っ取って無理やり動かしているような…………
(なんなんだ、こいつは…………俺は今、何と戦っている?)
困惑しながらも剣を振るうが、相手の動きが全く予想できず、剣を交えたかと思えば体のつくりからしてあり得ないパワーではじき返される。
そうこうしているうちに、ドヴォルザークの身体にはあちらこちらに無数の切り傷ができていたが、傷自体は非常に浅く、少し痛むだけで戦闘に支障は出ていない。
だが、実はこの無数の傷こそエスペランサの狙いである。
『ふふふ、やはり久々に戦い甲斐がある敵を相手取るのは楽しいものですわ。ですが楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの……そろそろ手仕舞いにいたしましょう』
(手仕舞いって……エスペランサ、なんかあまりドヴォルザークは痛くなさそうな顔しているんだけど、大丈夫なの?)
『主様、わたくしは魔剣などと呼ばれておりますが、今からそのように言い伝えられる所以をお見せいたしますわ』
リクレールはなんだか嫌な予感がしたが、エスペランサに操られるがまま、ドヴォルザークの渾身の斬撃を滑るように受け流し、その僅かな隙に大きく開いての懐に踏み込んだ。
「お、おおっ!?」
『ゲナウストライク――――』
まるで多数の腕が生えたかのような凄まじい速さの突攻撃が何十回と繰り出され、ドヴォルザークの身体の正面に多数の傷をつけると……
リクレールは魔剣エスペランサを真上に掲げた。
「『咲き狂え血の華――バルザミーネ』」
「う、うゴホァッ!!??」
リクレールが呪文のような言葉を告げた瞬間、ドヴォルザークの全身に走った無数の浅い傷から、大量の血が噴出した。
その様子は、さながら傷口から花開くホウセンカ(バルザミーネ)のように見えたという。




