第379話 ラヴェルの戦い 15
「驚いたわ。強いとは聞いていたけれど、噂以上のようね。ここまでしても動きが鈍らないなんて」
「チッ、それはこっちのセリフだ! まるで飢えた狼どもを相手しているみてェだぜ!」
アリシアとバトンタッチしたナナリーとその直属の傭兵部隊は、今なおドヴォルザークを囲み、この恐るべき巨漢を仕留めようと奮戦していた。
いくらドヴォルザークが猛将とて、一人の力だけでは限界がある。
1対100の勝負になっては劣勢に立たされるのも明らかであり、一進一退の攻防が繰り広げられていたが、驚くことにこの男は疲労の兆候をまだ全く見せていない。
だが、彼の足元には、仕留めた『金色の乞食』傭兵団の死体がすでに10人以上積み重なっているにもかかわらず、ナナリーたちは一向に戦いの手を緩めず、何が何でもこの大物を仕留めようと向かってくるため、ドヴォルザークの身体にはあちらこちらに傷がつき、少なくない血を流していた。
特に、彼らが手に持っている奇妙な形状の槍――――穂先の根元に湾曲した鎌状の刃がなかなかに厄介で、槍を躱そうとすると鎌が鎧の一部や布、髪の毛などに引っかかった場合、まるで熊手のように動きを拘束される恐れがあった。
これは、戦果にがめつい傭兵たちが、獲物を自分たちの側に引きずり込むために考案した武器であるが、それが意外な場所で役に立った形になる。
こうしてナナリーたちがドヴォルザーク相手にもみ合いしているところに、黒色の馬ネージュに跨ったリクレールが駆けつけて来たのだった。
「ナナリー! 無理はしないで、こいつは僕が相手する!」
「まあまあ、侯爵様自らお越しですか? ですが、わたくしたちの獲物を横取りするのは感心しませんわ」
「そんなこと言ってられる相手じゃないってことは君も一番わかっているでしょ! それに、ここまで持たせたことは十分戦功に値するから、取り分が減る心配はしなくていいからね!」
こんな時にも冗談半分にご褒美が減ると言い張るナナリーに、リクレールは苦笑いしつつ、ネージュから下馬してドヴォルザークの前に立った。
「ブロンベルク伯爵ドヴォルザーク、随分と僕の兵士を殺してくれたじゃないか。その剛腕を、魔族相手に振るっていたら、もしかしたら姉さんは死なずに死んだかもしれないのに、ねぇ」
「あぁん……お前まさか、アルトイリス侯爵を継いだとかいうガキか? っガッハハハハハ!! なんという僥倖っ、敵の大将自ら俺に殺されに来るとはなァ!!」
ゲハゲハと爆発的な大声で笑うドヴォルザークだったが、その目は笑っておらず、その圧倒的な闘気でリクレールからは山のような巨人と見紛うばかりだった。
おそらくエスペランサが傍にいてくれなければ、あまりに圧倒的な暴力的存在感を前に、失禁して気を失っただろう。
いや、今でも恐ろしさのあまり、自然と足が後退していきそうなくらいだった。
だが…………彼の四肢はすでにエスペランサの支配下にあり、表情さえも無理やり不敵な笑みに上書きされてしまう。
『なるほど、これはなかなか戦いがいがある相手ですわね。いつぞやに戦った魔族よりも、数段上の実力の持ち主と言えましょう。ヴィクトワーレ様の御父上様以外にも、このような実力の持ち主がいるとは、この国の人間も侮れませんわ』
(か、勝てるんだよね!? ねぇ!?)
『もちろんでございますわ、主様。ですが、わたくしもいつもより強めに力を解放すると致しましょう』
エスペランサの言葉と共に、リクレールの身体にいつもよりも強く滾るマグマのような熱が、ドクリドクリと広がっていくのを感じた。
下手に押さえつければ、抑えたモノが吹き飛んでしまいそうなほどのエネルギーで満たされたところで目を見開くと、先程まで何倍もの大きさに思えたドヴォルザークが、今は等身大にまで小さくなったように思えるのだった。
「お前さえ倒せば、ブレヴァン軍は瓦解する。この魔剣エスペランサで、華麗に倒すことを約束しよう」
「面白れぇ! 口だけは達者なようだな、ヒョロヒョロのガキめ! お前なんぞに負けるようなら、土下座でもなんでもしてやろうじゃねぇか!!」
「その言葉、忘れないように」
濃紫の大剣エスペランサを真横に構えるリクレールと、一撃で叩き潰してやるとばかりに大剣を上段に構えるドヴォルザーク。
それは、まるでたった一人で伝説の巨人を討伐せんとする勇者のような構図だった。




