第365話 ラヴェルの戦い 1
殿があっさり降伏したことなど知る由もなく、ブレヴァン侯爵軍は急ぎ目の速度で、ユルトラガルド侯爵領からブレヴァン侯爵領へと進軍していった。
流石にアヴァリスのような無謀な速度での進軍はしていないが、休憩時間は短く、間隔は長くし、兵糧も節約のためにやや少なめに配給するなどしたため、じわりじわりと兵士たちの疲労は溜まり、士気は下がっていく。
また、トライゾンはセダン城を奪還したら3倍の報酬を払うと伝えていたものの、今になってまだちらほらと脱走しようとする兵士が出始めたため、正規兵がまるで牧羊犬のように隊列を見張り、少しでも怪しい素振りのある兵をその場で処断するなどした。
リクレールの思惑通り、彼らは帰り道を進む間に少しずつ、しかし確実に、消耗し続けていくことになる。
そうしている間にも、伝令や斥候によってトライゾンの元にブレヴァン侯爵領の現状が次々と伝えられたが、そのどれもが悪い報告であり、それがまたトライゾンを焦らせ、苛立たせた。
「……セダン城がやけにあっさり陥落したと思えば、クレゼールは戦わずして降伏したとはな」
「はい……城に残った僅かな兵では、アルトイリス軍と戦っても全滅するだけだとお考えのようです」
「ならば全滅するまで戦うべきだったのだ! あいつは私に似ず凡庸で、何をさせても並程度のことしかできなかったが、留守番すらまともにできんのか! アヴァリスを皇帝の後継者にするために、お情けでブレヴァン侯爵家を継がせてやろうと思っていたが、あやつにはその期待すら過大だったというわけか!」
「…………」
戦わずして降伏してしまった長男を罵りながら、苛立ちを抑えようと酒を呷るトライゾン。
事の次第を報告した伝令は、内心、クレゼールが抵抗もできずに降伏したのは、本拠地の守りを疎かにしたトライゾンのせいではないかと思っていたが、そのようなことを口にしたら命はないので、心の中にとどめておくことにした。
「それで、ほかには何があった?」
「はっ、報告によればアルトイリス軍は、侯爵領の町や村を略奪するだけでなく徹底的に破壊し尽くしたとのことです」
「破壊し尽くした、だと……?」
「え、えっと……その、文字通り建物は全て火を放たれ、住んでいた人々は一人残らず捕虜として連行されたとのこと……」
「……っ! おのれ、アルトイリスの小僧め……! 私が手塩にかけて育てた豊かな村や町を奪い、破壊し尽くすとは…………許さんっ!」
トライゾンは改めてリクレールへの憎悪を昂らせ、楽に死なせてやるものかと憤っていたところで、またしても頭痛が走って怒る気が急速に失せてしまう。
最近体調があまりすぐれないことを自覚した彼は、一通りの報告を聞いたのち、早めに休もうと幕舎内のベッドに横になった。
まだ少し頭は痛むが、寝れば少しはましになるはず。そのように考えながらまどろんでいたところで…………闇夜に甲高いホイッスルの音が響き渡った。
「敵襲ーーーーーーーっ!!」
ブレヴァン侯爵軍は、目が覚めたまま悪夢に襲われることになる。




