第343話 御無事で何より
決定的な敗北を喫し、水も食料もないまま、敵に居場所を悟られることなく、陣地まで戻る羽目になったアヴァリス率いるブレヴァン侯爵軍。
彼らはいつ全滅してもおかしくない状態だったが……窮地に陥ってからのしぶとさは、ある意味見事な物であった。
まず彼らは思い切って鎧や兜は放棄し、武器だけの身軽な状態となって偶然見つけた間道を進むと、途中で湧き水から飲み水を確保すると、弓で鳥を、槍で小動物を狩るなど、必死にサバイバルを続けた。
貴族は時々狩りなどを行って訓練の一環とするが、このような極限の状況でも役立つのである。
そして、道を進んでいった先に小さな集落を発見すると、そこに住む住民たちを脅して食料や物資を無理やり確保するとともに、リヴォリ城までの道を案内させることで、何とか敵の追撃を撒いて陣地に戻ったのだった。
もっとも、アルトイリス軍も先の戦いの被害からまだ回復しきっていなかったため、アヴァリスを追うことはできなかったのだが。
ともあれ、ボロボロになりながら東側陣地に戻ったアヴァリスは、速攻で司令官の幕舎に赴いた。
彼はなんとしてでもアルトイリス軍に反撃を加える為、ロパルツに命じて東側の部隊の大半の指揮権を奪って、アルトイリス軍陣地を攻撃するつもりだったのだが……そこにいたのは、顔面にいくつもの大きなあざを作って、あちこちに包帯を巻いたズタボロのロパルツだった。
「…………アヴァリス様、御無事で何より」
「お、おまえ……ロパルツ、だよな? なんでそんなことに……」
口では無事でよかったというロパルツだったが、ボコボコになった顔の奥にある瞳は、まるでアヴァリスを呪い殺さんばかりに不機嫌オーラ全開だった。
「なぜ……ですか。それは、御父上に直接聞いた方がよろしいかと…………」
「親父に……か、まさかとは思うが……」
「私から言えることは、それだけです。傷が痛みますゆえ、しばらく休ませていただきます」
そう言ってロパルツは、アヴァリスの存在を無視するように彼に背を向け、そのままベッドに横たわった。
アヴァリスには何がなんやらだが、傷から察するに乱暴者のドヴォルザーク将軍にやられたのだろうと想像するとともに、制裁を加えられたのはトライゾンがそう命じたからだということも予想がついた。
自分もまた彼のようにボコボコにされるのではと恐怖したが、こうなってしまったからには、父親には大人しく弁明するほかなかった。
ところが、アヴァリスが覚悟を決めてトライゾンの司令部幕舎を訪れると、予想とは正反対の反応が返ってきた。
「アヴァリス!! 無事だったか!!」
「お、親父……」
「デュカスが戦死し、お前たちが敵拠点の制圧と引き換えに、大きな被害を受けたことは聞いている…………そのような友軍が危機的状況にありながら、援軍の一つも派遣しなかったロパルツには、私から制裁を喰らわせておいた。ともあれ、お前たちは何とか陣地に戻ってくることができたことは喜ばしいことだ!」
なんと、トライゾンはボロボロのアヴァリスを見るなり、心配そうに駆け寄り、生きていることを心から喜んでくれたようだ。
いつもなら、僅かなミスですら許さないトライゾンがこのような感傷的な態度をとるのは、流石のアヴァリスも違和感を覚えたが、怒られないことに越したことはないため、ここは合わせておくことにした。




