第339話 充実した施設にご案内
「ねえクレゼールさん」
「な、何か……?」
「セダン城は僕も始めて来たけど、お金持ちの侯爵家だけあって僕の住むアルトイリス城とは比べ物にならないくらい、広くて設備も充実していますよね。僕が特に感心したのは……この城の地下に、下手すれば侯爵領にいる貴族を、全員収納できるんじゃないかってくらいものすごい広い牢屋があったことです」
「……何が言いたい?」
「まあまあ、そう焦らないでください。君のお父さん……トライゾン侯爵が、牢屋の整備にも力を注いだことが、僕にとってこんな役に立つなんて皮肉だなって思っただけですよ。檻は頑強で、容易に脱獄できない工夫もきちんとされていて……ちょっとおいたする人のための拷問器具や、重罪人を閉じ込める真っ暗な地下牢もありました。あんなところに入れられたら、僕は1日で発狂しちゃいそうです。……とまあ、冗談はこれくらいにして、決して彼らを逃がしてあげようなんて思わないでくださいね。まあ、代わりに入ってあげたいって言うなら、話は別ですが」
「っ……」
ここにきてクレゼールは、ようやくアンドレが言っていたリクレールの本質のことを理解した。
(父上も恐ろしい人だったが……この少年の恐ろしさは、それとはまた別だ。父上はまず相手を威圧する雰囲気を作ってから、相手を詰るが、リクレール殿はまるで日常会話の延長のように、急に恐ろしいことを言い始める。いったい何が、この少年をそうさせたのか……)
クレゼールと話すリクレールは、先ほどまでと変わらない穏やかな顔のままだった。
そして、その穏やかそうな顔のまま、デルセルトを労いつつ、彼らを地下牢に案内するよう命じている。
「クレゼール様っ! どうか、アルトイリス候を説得し、我らを解放してください!」
「あ、あんな牢に閉じ込められるのは嫌だ! 放せ、放してくれぇぇぇっ!」
「城の国庫にはまだ資金があるはずです! その資金で我らの身代金を支払っていただければ!!」
捕まった貴族たちは、この期に及んでもなお牢屋に行きたくないと泣き喚き、クレゼールに何とかして自分たちを解放してほしいと懇願した。
しかしクレゼールは――――彼らの懇願から顔を逸らした。
もはや今となっては、クレゼールに彼らを助けるすべがないことをわかっており、その後ろめたさゆえに顔を逸らしたのだが、それは貴族たちの心理に大きなショックを負わせるのに十分すぎた。
貴族たちは理解してしまった。「自分たちは見捨てられた」のだと。
その後リクレールは、サミュエルとその配下の兵たちに、当面の間のセダン城の管理と守備を命じ、彼らを絶対に脱獄させないよう厳命したことで、貴族たちが大勢捕まった地下牢の警備も厳重になり、降伏した者たちが助けたいと思ってもどうにもならなかった。
こうして、城を脱出した貴族たちがデルセルトにとらえられるという出来事があってからは、セダン城は再び仮初の平穏を取り戻すのだが、その平穏は1日も持たずに伝令からの報告によって破られることになる。
「あのっ、リクレール様! 至急お伝えしたいことがありまして参上しました!」
「君はアリシアの部隊にいた子……レティシアじゃないか。なんだかすごい慌てているけど、アリシアの部隊に何か大変なことが起きたのか?」
「いえ、アリシアは無事ですし、何なら部隊丸ごとみんな元気です。ただ、どうしてもすぐに指示を仰ぎたいことがありまして」
リクレールのところに大急ぎで駆けつけてきたのは、アリシアの親友の少女レティシアだった。
慌てていた様子から、彼女の部隊に何か重大な事態が起きたのかと身構えたリクレールだったが、レティシアからもたらされた報告は、彼の想像をはるか斜め上を行くものだった。
「それが…………昨日私たちは独断で敵軍と戦闘したのですが、その際に「皇帝の跡継ぎ」だって自称する人を捕縛したので、どう扱っていいものかと……」
「えっ」
『えっ』
リクレールだけでなく、エスペランサまで、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。




