第337話 無血開城
アンドレが交渉に訪れたその次の日、アルトイリス軍に対しセダン城から正式に降伏の申し入れがあり、免奪税の支払いの合意と引き換えに略奪を行わないことを条件に、城を明け渡すこととなった。
守備兵は全員武器を手放し、すべての城門が開かれると、アルトイリス軍は堂々とした歩みで、多くの店舗や家屋が立ち並ぶ雑多な通りを行進していった。
この地に建築されて以来一度も外敵の侵略を受けなかったセダン城に住む人たちは、敵軍が自分たちのテリトリーに侵入してくることに戦々恐々としていたが、フォントラル侯爵領で徹底的に叩き込まれた厳しい軍紀のおかげで、兵士たちは略奪も暴行も行うことなく、粛々と占領作業に入ったのだった。
中心にそびえる、白亜の豪奢な見た目が特徴なセダン城の宮殿では、クレゼールがリクレールを恭しく出迎えてくれた。
「アルトイリス侯爵リクレール殿、この度は、降伏を受け入れていただき感謝する。我らの軍は全て出払っており、もはや抵抗する術はない。ただ、私の命はどうなろうとかまわないが……この城にする20万の人々の命だけは、必ず保証するよう、重ねてお願いする」
「クレゼールさん、頭を上げてください。辛い立場でしょうけど、あなたのご決断に僕は敬意を表します。貴方の身柄は一時的に軟禁という形で預かりますが、あなたを含め、城に残った人たちや、城下に住む人々には危害を加えないことを約束しましょう。同じ西帝国人同士が血を流すことほど、悲しいことはありませんから」
「リクレール殿……感謝いたします」
そう言ってクレゼールは深々と頭を下げた。
(ブレヴァン侯爵家長男のクレゼールさん……噂では、アヴァリスと比べて平凡だからという理由で、父親からの評価はあまり高くないと聞いたけど、この人は勝てないとわかったら人々の命を守り為に自分を犠牲にしてでも降伏を申し入れてくれた。果たして僕に、同じことができただろうか)
『これもまた、ある意味で人の上に立つ者の器でございましょう。わたくしの理想とする統治者とは異なりますが、現実を直視し、危機に際しては自らが責任を負うというのはそう簡単にできることではございませんわ』
普段はそこまで優秀とは言えない統治者と評価されるクレゼールだが、リクレールとエスペランサは、この期に及んでも取り乱すことなく降伏を受け入れる決断をしたクレゼールを高く評価した。
少なくとも、臣下の意見に流されて、現状をよく理解しないままアルトイリス軍に敗北し、責任を逃れるために妻を殺して臣下を見殺しにしたフォントラル侯爵ビゼーに比べれば、有事の際の対応能力は段違いに高いと言える。
一方で、クレゼールの方も、改めてリクレールと顔を合わせた時、自分たちを見下すことなく尊重してくれる態度に、内心で感嘆していた。
(なるほど、アンドレの言っていた通りだ。物腰が柔らかいが遜るところはなく、敵対した相手であっても相応の礼を尽くす……アヴァリスには申し訳ないが、この子の方がよほど統治者に向いているな。ただ、このような心優しき子が、見せしめに町を破壊し、時間稼ぎの猶予すら与えない冷酷な人物には、到底見えないのだが……)
もしかしたら、彼の傍についているサミュエルやヴィクトワーレが入れ知恵したのかとも思ったが、ともあれリクレールが話しやすい人物であったことに、クレゼールは一安心した。
そして、約束をきちんと守ると明言してくれたことも好印象だった。
だが…………見た目は穏やかな少年が、禍々しくも妖艶な濃紫の大剣を背負っている姿が、彼にはどうしても不気味でならなかった。
まるで相反する二つのものが同居しているような、底知れぬギャップのようなものを、本能的に感じ取ったのかもしれない。
そして、クレゼールが感じたわずかな不気味さは、その後すぐに、はっきりとした不安になり始める。




