7-3
ふにゃ……と力なく微笑む優は話しを更に先に続ける。それは話しと言うよりも問いかけや……そう、思ったことを、感想を綴っているだけのように聞こえるのだが、
少しずつ、胸のざわつきの核心に迫っていく。
蓮の中のざわめきはどんどんと大きくなっていく。それは台風の中で木の葉たちが擦れ騒ぐように。雷が落ちてきそうな空のように。
全てがあまりにも唐突すぎる。いきなり過ぎる。急すぎる。
ぴん、と頭に一線が強く強く張っていて、弾かれてしまったらそのまま痺れてはじけて、切れてしまうことを恐れてしまうあまり、動くことが出来ない。……動きたくない。
優も律も穏やかに優しく微笑んではいるが……だけどもそれは『覚悟』を含んでいる表情だった。その表情が、心が、空気が全てはじめてばかりで、はじめてばかりだからこそ、新鮮であり、それに対する拒みや避け方、対話の仕方がわからなくて蓮には逃げ方がわからない。
「優さん……?優さん、……蓮は、……聞きたくないです……!」
「駄目だよ」
必死に必死に絞り出したただ拒むだけの拒み方を震える唇とそらせない瞳でいやだと訴えてみるが……はじめてだった。
よくないことだとは知ってはいた。それでも優はいつも拒ませてくれた。人付き合い。外出。興味。関心全てにおいて。いつだって甘やかしてくれていた彼からの……はじめてのはっきりした、拒みに対する、拒み。
それに対する更にの拒み方を、蓮は知らない。
しん、と強く降り続いている雨は、何故かとても優の声をよく通して、耳をふさいでも綴る声を遮ることはできないのだと、直感でわかった。
律は口を開かずに、優の体を支えたまま。早く伊恵へ連れ帰ってその体を介抱したいはずなのに、ただ黙ってそこにいた。
優は続きを紡ぐ。綴る。
「……毎日楽しそうに出掛けていって……楽しそうな顔になって……優さんは嬉しい。……ははは、でも少しだけ悔しかったな……」
ふっ……と微笑んでは、紡いでいく。綴られていく。
まるで一ページ一ページ、丁寧に本を捲るかのように優の言葉にこの二週間くらいの記憶が優しく優しく『純白』に広がっていく。
毎日毎日、家から飛び出していくのが楽しかった。
逢いに行くのが、とても楽しかった。楽しみだった。
家族以外のだれかの存在が嬉しかった。
「…………っ……!」
込み上げてくる喉の熱。震える度にひきつるような喉の痛み。自分が大きなもの、とてもかけがえのないものに対して泣きそうなことを自覚せざるを得ない。
ぴんと頭に張っている線の先と先が見えてくる。蓮の狭い視界に広がりが見えてくる。
広げたくない。見えたくない。見えないでいい。出来るなら、見たくはない。
「蓮」
「っ!優さん……!」
「大丈夫。律」
優さんは元気だから、とない力を振り絞って、律の支えなしに自ら体を起こして優はしっかりと蓮に向き合った。ふんわりと艶かに微笑む笑顔はもう揺るがない決意を進めるつもりなのだろう。
蓮の大嫌いな、冬の雨の世界。その雨音が作る静かすぎて重たすぎる世界はまるで絶望の奈落のよう。すがる相手も光も何もない。逃げ場はない。
そこから逃げ出したいのならば自らの力で突破口を見つけて、這い上がってこいと。今回ばかりは手の貸しようがないと。
そう言われているような気がした。
「……蓮。きみの保護者の能力は?」
「え……?………………!」
はじめてのような問いかけらしい問い。その問いは改めて蓮に寒気を与えるものだった。
広がる世界。逢える喜びに誉められた嬉しさ。毎日毎日が、色んなことを、れんと話しを出来ることや彼女のオカリナを聴いていたときの心地よさ。一緒におやつを食べた大事な時間。
そのひとつひとつに目を奪われていて、忘れていた。優の性格と、能力を。
だけど、それを肯定したら
『そう……あれが桜って言うの……』
認めて、しまったら……!
『いらっしゃい』
蓮は、どうしようもなくなる。天秤にはかけられないのに、
『蓮ちゃん』
優とーーーーーれんを、かけなければならなかった。
優の能力は、悪魔を感じること。その心を感じること。その定義は『なんとなく』と言う曖昧なものから、接触者にまで渡る。
それがわからないと“欠片渡し”だなんてこと、遺族に到底できやしない。出来るわけがない。
優の能力ならば、蓮が毎日出掛けて、帰ってきて、それだけで体への負担が酷かったはずだ。蓮は、それに気づけなかった。だから、信じたくはなかった。
そうだよ。
ちがうよ。
ふたつががんがんとぶつかり合って、蓮に頭痛を作る。自分が原因で、今の優の状況がある。ここまで追い詰めてしまった。ここまでの疲労を与えてしまった。
「あ……っ、…ご…め」
がくがくと体が震えて口がうまく回らない。肯定したくない気持ちがまだ残っていて、苦しくて、素直に謝ることが出来ない。
わかっている。頭では。いままでの経験からわかっている。理解している。だけどあの純白な笑顔を思い出しては胸が締め付けられて、否定したくて。肯定しても苦しくて。否定したくても苦しくて。
だって……これは間違いなく…………そういうことなのだ。
れんは……れんは……!
「…………わた、しが……っ!」
悪魔なのだ。間違いなく。自分の心にそう言い聞かせた。
言い聞かせた瞬間にどうしようもないほどの涙が溢れ出して来て、鼻がつんとした。急に引き留めてしまったせいでとても痛い。泣き叫びたい喉も無理矢理止める。だからやはり喉だってとても痛い。
雨と涙の区別がつかない。優と律の姿がぼんやりとして、しっかりと姿が見えなくて、安心してしまった。
嫌だ。と言う気持ちが二人に対して少しだけ……少しだけ……いいや、違う。とてもだ。とてもいやだ、と思った。そんなじぶんがとてもいやだった。
ふたりは蓮にとって大切なふたりで。なのにそのふたりがれんを悪魔だと……口に出してはいないが、そう結論付けている。
れんだって、天秤にかけられない。割りきれと言われたところで、そんなことは出来ない。




