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Dear  作者: 雨神
雨の日に。
39/62

6-2

 しかも台所で大惨事を起こしたと言う前科は幼い頃のこと。もう蓮だって十二才なのだ。ある程度のことは練習すれば出きるはず。同年例の友人がいないからわかりはしないがきっと蓮と同じ年で華麗に家事をこなしている子だって少なくはないはずなのだ。


 そうだ。そうに違いない。


 ソファーから降りた蓮は少しばかり助走をつけて、


「律くんっ」


「ん?………………っわ……!」


 先程のものと常日頃の復讐の意味もかねてソファーから台所まで距離なんて短いものなのに思いっきり駆けて律の腰に体当たりなんて言う危ないことをしてみた。包丁を握っている律に、だ。もちろん『良い子は真似しちゃいけません』の部類に入る産物である。


 包丁を握っていた律はごすっと体当たりしてきた蓮の衝撃により体が仰け反り握っていた包丁を放り投げてしまいそうだったが……流石に家事の出来る兄は反射的に握り直し、包丁は落とさずにまな板にだんっと叩きつけた。


 指を切る位したら面白い……ちょっとしたイベントが見れたのに、全く持って残念だ。


 まな板に両手をつき、心からの安堵の息をを「はー……」と吐いて…………。


「……蓮っ」


 あ。ピンチだ。と蓮は危機感から体温がすーっと抜けていくのがわかった。腰に頭からぶつかっていった頭をそそそ……っと離して、


「え……えへ?」


 きゅるん。と誤魔化し気味に笑ってみた。困ったときは笑っとけ笑っとけ方式を律に試みてみる。因みに初の試みであるから過去のデータはない。


 ……しかしまあ、当然と言えば当然で、危ないところに危ないを投じた蓮が一方的に間違いなく悪い。優が見ていても間違いなくフォローは得られないだろうことは蓮にだってよぉくよぉく理解できた。 


 そんなわけで、次に何が来るかはもちろんわかっている。


「こっちは包丁を使ってるんだよ?……あぶな、いっ」


 い、の辺りで中々に重たくて痛い拳骨が頭の上に落ちてきた。ごっ、と鈍い音が頭に響く。


 悪魔を『散らす』為に何度も何度も戦ってきて、それなりの怪我もしたことがあると言うのに、律の拳骨

の方が数倍痛い気がするのは何故だろう?骨だって折ったことがあると言うのに。


「うー……うー……痛いー……律くんのおばかー……」


 絶対的に蓮が悪いのはわかっているのに、それでも尚、自分の非を認めたくないと言うのは反抗期なのだろうか……蓮は小突かれた頭を両手で抑えて、涙目になりながら灰色混じりの黒い瞳で律をきつく見上げるが、そこにあったのは「あ?」と新しく拳を握り直すきれいな碧眼を持った、きれいな笑顔だった。


 その笑顔には「もうひとつやるぞ?」と言う拳骨サービスの意が垣間見えた。いやもう垣間見えるなんて可愛いものではない。押し売りする気満々だった。


 そんなものはいらないと、まだ口に出された訳でもないのに蓮は首を全力で横に振りながら律から少し距離を置く。


「だってだって、ごはん作るお手伝いがしたかったんだもんっ」


 端から見れば可愛らしい言いぐさであり、このとき、律が一瞬妹可愛さにぐらつきたけたことに蓮が気づくことはなかった。


 ので、あっさりとその言い訳は覆されたと蓮は感じたわけで、蓮から見た律は凄まじく呆れた顔でため息を吐かれた、と見えてしまうわけである。


 呆れ顔の律が「はあ?」と碧眼の瞳を細めた。腰に手を当てて前屈みに、小さい子を叱るような……大人目線で蓮を見据えた。……完全に子供扱いされていることが正直悔しいの極みだったりするが……今回はどう考えてもやはり蓮が悪い。


「お手伝いがしたいなら普通に言えばいいだけのことだろ?その口はなんのためについてるのかな、蓮ちゃん?」


 言いながら伸びてきた手が蓮の口を摘まみ、ぐみょーん、と伸ばされた。痛い。


 はわわわわわわっ、と痛さが言葉にならないままで、しかし両腕はばたたたた、と痛さを訴えて上下にばたつかせる。


「いひゃいいひゃいいひゃいっ!ひふふんいはいっ!」


「うん。良いですか蓮ちゃん?律くんは、ね?一歩間違えれば痛いじゃすまないことになって」


 たんだよー?と言いながらつねる強さは若干強くなり、痛さを訴える蓮の腕も早さを増した。もしかしたら翼変わりに空を飛べるかもしれない、とメルヘン担当の優がいたならそう口にしていたのかもしれない。


 目許に溜まる涙の粒が膨らんできた。もうすぐ溢れてしまうだろう。


 ばたばたとする蓮をしばし眺めて満足したのか、ふんと鼻で笑った律は釈放の機会を口にする。


 蓮にとっては負けに等しいものなのだが。


「蓮ちゃん?何か律くんに言うことはありませんかー?」


「ほ……」


「ほ?」


「〜〜〜〜〜〜〜ほへんははいっ!」


 訳するならば「ごめんなさい」のその言葉を痛さ解放を懇願している蓮は悔しいながらに渋々……やけくそ気味に放った。


 種族が鬼寄りの人間なのではないかと蓮は常々疑っているが「よーし」と言って手を離してくれた辺り、律は人間なのだろう。辛うじて。


 散々つねられた口を「うー……」と擦りながら蓮はいつもなら簡単に口にしただろうその言葉を今回は言わなかった。今この場面でそんなことを言うほど蓮は馬鹿ではない。……と、信じたいと自分でそう思っている。


 ふぅ、と息を吐いた律は「だけどさ」と改めて蓮を見据え、台所のシンクに凭れた。さすが律。蓮の体当たり攻撃を二度も受けるような隙はみせてはくれないらしい。


 雨の音が、とてもうるさい。だからラジオは消した。


「何でいきなり料理?最近裁縫したり何たり……何?どこかに嫁ぐ予定でもあるの?」


 今まで家事の手伝いを拒まれていた故にしてこなかった分、律にとって急に家事に積極的になった蓮が不思議なのだろう。自分を見る碧眼の瞳が不思議に染まっていることに蓮は気付いた。


 前々から家事を手伝いたいと言う気はあったが……何故だろう?と蓮自身も自分で自分を探り、理由を探してみる。




『蓮ちゃん』



「……あ……」


 探していた中で一番に聴こえたのは、れんの声だった。記憶で自分の名を呼ぶれんの声に、蓮は心底納得がいった。





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