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そう言えば、こんな雨の日だった、と黒い傘をさして歩く紫暗の彼は思う。
助けてと言う弱々しい声と、涙をぼろぼろと溢しながら決めた惜別の決意。それを目の当たりにした日。それを受け止めた日は。
こんなにも寒い冬の日だった。
こんなにも枯れた雨の日だった。
「…………」
艶やかに哀しく切なく微笑んで、紫暗の彼は歩みを止めずに、
確信に出逢うために、自ら赴く。
蓮は、すさまじく不機嫌だった。
雨が強いから今日は出かけてはならない、とお出かけ禁止令を保護者と兄からもらってしまったからだ。優の定位置であるソファーに足を伸ばして露骨に不機嫌を醸し出していた。茶色いファーのクッションを抱きしめて「うー」と本日何度目かとしれないうなり声をクッションに吸い込ませる。
雨の日は来ちゃダメよ?とれんにも言われていたが……蓮は雨でも関わらずに出掛ける気満々だった。毎日逢いたいとこれほどまでに願っているのに……雨ごときでそれを阻まれるなんて最悪の極みだ。いじめだ。凶悪だ。
何故、とれんにも優にも聞いてみたところ、帰ってきた答えは同じものだった。冬の雨は冷えるからかぜをひいてしまう。……とのこと。
「………………」
ふたりの同じ答えが悔しくて悔しくて、しかし保護されている身の蓮には反論のすべはなく、クッションを顔にしっかとくっつけて、押し付けて、八つ当たりまがいに「むーっ」と叫びながらソファーの上で足をばたばたと叩きつける。
ばたばたばた。
ばたばたばた。
ばたばたばた。
ばたばたば
「うるさいよ、蓮」
冷たい声と共にごつっ、と固いものが蓮の頭の上に落とされた。痛いと言う声は「ぶっ!」とクッションに阻まれて苦情を産み出すにまで至らず何とも間抜けな声となって外へ出てしまった。
かばっ、とクッションを顔から離し、じうじうと痛む頭を堪えながら蓮はぐるんっ、と勢いよく後ろを振り返り、自分を叩いた犯人を睨み付ける。
流れ星色の、碧眼。見目麗しい……否、見目だけ麗しい兄が洗濯籠を持って、呆れ顔で蓮を見下ろしていた。
ざぁざぁと鬱陶しく鳴り降り続ける、湿気たっぷりの部屋の中に匂いを気にもせず室内に洗濯物を干した勇者な兄に、微力ながら蓮はクッションを投げつけた。
ぶんっ、と。思いきり。強く強く。
「その!洗濯籠は!とっても!痛いのっ!律くんのばかっ!」
まさに一言一句区切るように蓮は文句を起爆剤にして律の顔めがけてクッションを投げたはずなのだが……しかしそれは軽やかにかわされ、唯一の武器であったクッションは洗濯籠の中へと吸い込まれていった。ホールインワンなのか、ナイスシュートなのか。いずれにせよ籠に容れてしまった張本人である蓮は悔しいばかりである。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「そんなしかめっ面したって今日は駄目だよ。優さんにも言われたろ?」
「……その優さんはお外に出掛けたのに……」
わなわな……と拳と体を悔しさに奮わせながら本日唯一の反論を蓮はしてみた。
本日外出を禁止した優が、ひとりで外へ出掛けてしまっている。約束があるのだとかなんとか。
そりゃあ優は……蓮なんかとは違い、誰にでも打ち解けようとするし、誰をも理解しようとするから人望は薄くはない。お悩み相談なんて町を歩けば出張版みたいな感じでよく行われている。実際例を挙げるなら朝から買い物に出て帰ったのは日がどっぷりと暮れていた、何てこともあるほどだ。
しかし雨の日に外出とは……珍しいこともあるのだなと蓮はふとそこへ至った。体の弱い優だから、こんな日は律がひとりで外になんて出すわけがないのに。……妙である。
「………………」
「……あのな。優さんは、大人。大人には大人の付き合いがあるし、優さんは俺たちが思っているよりずーっと大人なんだよ?わかる?子猫に傘さしてずぶ濡れで帰ってきたあげくに高熱を出したことがあるどこぞのちびとは全然ちがうから」
心配要らないんだよ、と嫌みと皮肉を盛りに盛った意地悪のサラダを目の前に出された。くぅ……と蓮は苦々しく顔歪め苛立ちが体を駆け巡ったが……全く言い返せなかった。確かにその通りだけども。高熱を出しましたけども。ご迷惑をおかけしましたけども。
そこまでの連打を叩き込まなくても良いんではないだろうか、と兄らしく少しくらいの情けはかけてくれてもいいのではないのだろうか、とてきぱきと家事をこなしていく律を見ながらソファーに指を食い込ませた。悪魔を『散らす』ことには戦力でも家事全般では戦力外な蓮に出きる手伝いは邪魔をしないようにソファーに座っていることだけである。
ぽいっと蓮にクッションを返してすたすたと洗濯籠を元の場所に戻しに行った律をソファーからただただ念を籠めてじいいぃ……と強い視線を送った。
蓮なら恐らく耐えきれずにくるりと振り向いてにらみっこ合戦を勃発させるところなのだが……律はとんでもなく涼しい顔でさてさて、と腕捲りをして台所へと向かった。まだ昼前だが、昼食の準備は出来ているし、恐らく夕飯の下ごしらえでもするのだろう。
じいいぃ……と念を送り続けていた蓮は、するすると芋の皮剥きをはじめた律の手元を凝視しはじめた。ソファーから前のめりになってその指使いをじっと見つめる。
台所爆破と言う……大袈裟に言えばそんなことをしでかした前科のある蓮は台所禁止令ではあるが、台所仕事に興味がないわけではない。むしろ大有りだ。色々手伝いをしてみたいし、料理やお菓子だって作ってみたい。
律が作ったごはんを優が嬉しそうに笑い、誉めているのを見てはいつも『いいなぁ』と思っていた。
自分には家事には向かない才能があるようだが、…………けれどもこの前裁縫をしてひとつの作品を作り上げたのだ。




