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Dear  作者: 雨神
おでかけしよう。
37/62

5-5

「……蓮扱いしないでくださいよ」


「頭撫でられるの、好きだろ?」


「………………まぁ」


 嫌いじゃないですけど、と律はふんわりと笑んだ。これは仕方がないことだと、律はもう知っているし、これは大事なものだとわかっている。


 よしよし、と三往復した手が最後にぽんっ、と軽く乗せて律の頭から離れた。名残惜しいと思うのは律がしっかりと優のことが“好き”だからであり、きちんと刻んでおくべき大切なこと。それを優は律に思い出させてくれた。


 人口の少ないちいさな町は、いずれ滅ぶだろう。いずれ、であるからいつかはわからないが。


 生きとし生けるものは“おもい”が強すぎる。何に部類しても、必ず絶対にあるもので、それは他者と共有していくことでバランスを保って生きていく。植物にしかり、動物にしかり。それはみんなみんな同じこと。


 今、このちいさな喫茶店で当たり前に働いている女性や新聞を広げて軽食を口にしている男性。そして横切るように歩いていく人々。全てが同じ。


「お待たせいたしました」


 かたり、とコーヒーを持ってきてくれた女性に律は軽く会釈して口に運んだ。


 このコーヒーにだって、きっと“おもい”は籠められていて、活きている。だから律は美味しいと言う感情を抱くことが出きる。


 当たり前のこと。それが無限ではないことを知っている者はどれほどいるのだろう?


「んー?律、砂糖とミルクは?」


「………………。……お気持ちだけで」


「糖分は頭に良いんだぞ?」


 特に考え事をしているときは、と優は少し困ったように笑んだ。……全くもって、この保護者には一生敵わない、と芯からしみじみ思う。


 律が感づいているのなら、優は確信を抱いているに違いない。もうそれは“答え”だった。予言と言っても過言ではない。


 すっかり熱の抜けてしまったコーヒーを口にして、こくりと飲み干した優は……微笑んではいたが、酷く辛そうだった。身体的な負担も勿論なのだが……精神的な負担も…………今回は大きい。


 ざざざ……と律の中に記憶が流れた。


 それは“予告”されていたもの。


 泣きながら手渡された大切な涙。


「……な、律」


 努めていつものように口を開く優は、椅子の背に凭れて気だるげで。しかし紫暗色の瞳には数多の“あい”が口を抑えて叫ぶのを堪えている。……そんな色をしていた。


 優はこの町の人々全員の顔と名前を覚えている。それしかできることはないのだからと。せめて記憶に留めておくことしか出来ないからと。


 律は優の呼び掛けに白いカップを音も立てずにそうっと置いた。


 そんな優だからこそ着いていこうと決めたのだし、その生き方を倣って継いで行こうのだとも決めたのだ。


 澄まして、凛と律は優の瞳をしっかりと見る。


 唯一無二の守るべきひと。大事なひとの言葉を落としたりしないように。


 だらり、と空を仰いで、少しの空気を置いて、顔を降ろして、息を吐いて、顔を上げた優は、言った。


「……明日は優さんは一人でお出掛けします」


 来た。と思った。身体中に電気が流れた気がして苦々しい。


 まっすぐとした瞳が、まっすぐに、強く強く言霊の主の決意を表していて、


 本当は一人でなんか行かせたくはない。行かせたくはないのだけれど。


 記憶が呼んでいるのならば……律は己の両足に杭をう打ち込んででも優に着いていっては行けない。


 大丈夫だと言う言葉と“あの時”の記憶を信じて、


「………………わかりました」


 律は己の掌に爪を食い込ませた。それほどまでにいかせたくはないのだから。


 ありがとう。と微笑んだ優に「ただしっ」とびしりと指を指す。ひとに向けて指を指しては行けないと教わってはいたがそんなことは今この場では知ったことではないし、これくらいなら許されることを律は優の性格を理解しているつもりだ。


 ふにゃり、と艶やかに笑んだ優は律の次の言葉がわかっているのだろう、保護者の顔で微笑む。


 だから、敢えて言う。彼が言われるとわかっているはずのその言葉を。


「帰ってこなかったら俺は俺を千切ります」


「それは困った」


 くすくす、と笑う優に本当にわかっているのだろうかとため息を吐きたくなる。






 片翼の男の子は出逢ったのです。

 “あい”を知るそのひとに。

 そのひとは男の子の全てであり世界であり、新しいものであり、なくてはならない風で。

 解き放てるのは想いを馳せたそのひとりだけなのです。





「……何かあったら、すぐに呼んでくださいよ?すぐに飛んでいきますから」


「優さんは……結構過保護にされているようだけども気のせいかな?」


「いいえ。どっぷり過保護にしています」


 俺の過保護っぷりを舐めないで下さい、と律はブラックのコーヒーを飲み干して、テーブルに料金を支払い置いた。


 優が律の言葉を前言撤回させないように、優の分もきちりと支払って。


 苦笑いした保護者に、流れ星色の髪を揺らして、律は“きおくに清い純白”のような笑顔で微笑み返した。






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