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うっすらと片方しかない瞳を細め、壁に挟まれた狭い世界から、どこでもなく、腕を伸ばした。
細くて脆く描かれるその両腕はぼろぼろの白い服に覆われていて見えないが、少しばかり大きなその服の袖口から伸ばされた手はやはり汚れが染みていて、なのに何よりも純白に見える。
矛盾に美しい。だからこそ幼い。
女性にはそう思わせる何かがあった。しかし明確に言葉に表せられるようなものではなかった。
「……今日も、頑張ったんだ……。……えらかったね……」
女性は労いの言葉をくるむような……日の光を良く貯めた布団のように暖かな声音で羽ばたかせ、伸ばした腕は虚空を抱きしめた。
僅かに背を屈め、幼児をあやすかのように。
女性の腕の中には、当然ながら誰もいない。誰も通ることのない、近寄らない鐘の塔の、一番奥。極稀に猫や鳥が遊ぶくらいだ。
鐘の塔はこのちいさな町のシンボルであり、唯一の遺産であるから近くまで見に来るものは少なくはない。
けれど、そこまでだ。
そこから先、鐘の塔の脇道を奥に奥にまで進む物好きは少なくともこの十数年はいない。
緩い若草色の髪を持つ、この女性以外は。
鐘が、五回鳴った。
名残惜しむようにごおー……ん……と余韻を引きずって音が暗雲に溶けていく。
「……」
きゅっ、と刹那、虚空を抱き締める腕をきつくして、女性は引き剥がされるように、その腕を解いた。
何を想うのか。
その空の腕には何もない。あるのはちいさなオカリナ、たったひとつ。
愛おしく細められていた瞳は、鐘が鳴り終わって少し。音の姿が完全に消えてしまうと、とてつもない寂しさに彩られる。
手にあるオカリナを見つめて、女性はくしゃりと顔を歪め、その背に孤独を背負い直した。
鐘の音が女性にとって何の意味をもたらすのか。それは女性のみが知ること。
この鐘が鳴るのは一日に一度。昼を迎えた時だけ。
溜め息を吐こうとしたのか、ちいさな唇はわななと震えて少し開き、しかし溜め息を飲み込むためにきゅっと引き結ばれる。
ぺたり。と女性はレンガ造りの壁に凭れてずるると脱力するかのように腰を落とす。
黒い瞳が……“何か”だけを映して、それだけを映すように必死になっているかのようだ。女性は微動だにしない。
……だから、気づかなかった。
その破壊的な大きな音が鳴るまで。
安堵のような断末魔を近くで聴くまで。
少女の、存在に。




