6日目
日曜日。
10時27分。
律は9時頃に目が覚め活動を始めていた。
溜まっていた残りの洗濯を回し、
ゴミもまとめ、
棚の奥から引っ張り出してきた履歴書と向かい合っていた。
「学歴は...。」
「社歴は.....。あれ、ここってなんて書くんだ?退社?」
スマホを開き、Googleで調べる。
『会社 倒産 履歴書 書き方』
「なるほど、会社倒産により退社。っと。」
順調に書き進める。
志望動機は、まだ会社決めてないから後回しにしよう。
「自分の長所と短所....。」
こんなもの大学生の就活以来書いたことないから、
何を書けばいいのか分からない。
これはチャットGPTに聞いてみよう。
悪戦苦闘しながら、
なんとか1時間程掛けて書き終える。
「やっと終わった~!」
律は書き終えた履歴書を掲げて見る。
まさか、自分の人生で二度目の就活が始まるなんて
思ってもみなかった。
「写真撮らなきゃな。」
空白の証明写真欄を見て呟く。
この辺どっかに撮影の機械置いてあったかな?
律はベランダで一服すると、
外へ出た。
空は分厚い雲に覆われていた。
「雨降んのかな~。」
街には、
カップルや家族。
スーツを着たサラリーマンが往来する。
その中に、数日前に見た顔があった。
「よう、木下君!」
突然の呼び掛けに驚いた表情で振り向く。
「三浦さん!あ、この前はご馳走様でした!」
「いえいえ、あの後大丈夫だった?」
「いやぁご迷惑をお掛けしました。
三浦さんが介抱してタクシーまで乗っけてくれたんですよね?」
「そうそう。結構ヤバかったよ。」
「初めてお酒で潰れましたよ。
昨日は1日死んでました。」
二人は笑う。
「ところでこんなとこで何してるの?」
「あ、近くでやってる転職フェア行くとこです。」
「どっか良い場所は見つかりそう?」
「ひとつ、目星を付けてるとこがありまして。」
そういうと、肩に掛けたトートバッグから
一枚の紙を取り出した。
「ふーん。何の会社?」
「広告代理店です!」
「え、全然分野違うくない?」
「そうなんですけど、
完全週休2日で定時に上がれるんですよ!」
「え、それだけ?」
「それだけって、そこ大事じゃないですか?」
「まぁ、確かにな...。」
「あ、すみません。
時間ギリギリなんでもう行きます!
また、飲み誘ってくださいね!」
木下は満面の笑みでお辞儀をすると
足早に駅の方へと走って行った。
「俺は何しようかな~。」
必然的に次の会社も建設系だと決めつけ
他の道なんて考えたこともなかった。
でも、彼とは年が違うからな。
そんなことを思いながら、
律はようやく見つけた写真機で証明写真を撮影した。
写真にはいつもの見慣れた自分が映っていた。
数日前と同じスーツ。
同じネクタイ。
同じ髪型。
違うのは、
会社員ではなくなった事だけだった。
周りからは
サラリーマンだと思われているだろうか。
家に帰る途中、
コンビニで昼ごはんと缶ビールを買った。
今日はもう頑張った方だろ。
あとは求人アプリを見ながら午後を過ごそう。
アパートの下に着いたタイミングでスマホが鳴る。
画面を見ると、『大木課長』と書いてあった。
律は息を飲む。
頭の片隅に追いやった記憶がよみがえる。
行方不明。
水難事故の遺体。
良くない予感が律を襲う。
「....はい。もしもし?」
『あ、もしもし。大木の妻です。』
「お世話になっております。」
『やだ、もう。
会社はないんだから上司部下の関係もないでしょう?』
「.....へ?」
『昨日ね、主人が帰ってきたの。』
「え!ほんとですか!?」
『そうなのよ。
捜索願だそうかと思ってたところだったんだけど、
昨日の夕方帰ってきて。』
テレビのニュースの遺体は大木課長ではなかった安堵に
胸を撫で下ろす。
「....良かったです。」
『それで昨日の夜全部聞いたのよ。
会社が無くなった事とか、あの日からの事を。
三浦君、電話で私が聞いた時、黙っててくれたんでしょう?』
「いや、まぁ、すみません。」
そういう意味ではないんだけどな。
と思いつつ、良い方向に解釈してくれたようだ。
「それで、大木課長は今は?」
『もう課長じゃないのよ。
あ、丁度来たわ。代わるわね。』
電話の向こうで音声が途切れる。
『...もしもし、三浦か?』
「大木課長!よかった。生きてたんですね!」
『か、勝手に殺すなよ。
いやぁ、迷惑掛けたな。申し訳ない。』
「いえいえ、無事で何よりです。
それより、ここ数日何してたんですか?」
『それがあの後、全部投げやりになって死のうと思ったんだ。』
「....え?」
律は、あの嫌な予感も
あながち間違っていなかったかもしれないと思った。
『海で自殺をしようと思ったんだけど。
死ぬ勇気もなくてな。』
「は、はぁ...。」
なんと返せばいいのか分からなかった。
五条が言ってたことは、本当に当たっていたらしい。
『そのあとは、家内に合わせる顔もなく。
ネットカフェを転々としてたんだ。』
『でも小遣いも底を尽いてしまったから
昨日帰ってきたんだ。』
良い年したおじさんが、
高校生の家出かよ。と突っ込みたくなったが
その言葉は胸の奥に秘めておいた。
「でも、大木課長。
これからどうするんですか?」
『あぁ、その話をまさにさっきまでしてたんだけど。
もう私も家内もいい年だし。一人娘も結婚して家を出たから。
田舎で気ままに過ごそうかなと思ってるよ。』
「引っ越すんですか...?」
『うん。家も車も売り払って。
そのお金で前からやりたかった畑をやって、自給自足で余生を楽しもうかなって。』
ふと、先日のタクシーの運転手を思い出した。
あの老人はそういった生活を望んでいたが、会社が倒産して
再び働く道を選んだ。
しかし、大木課長は家も車も売り払い、田舎暮らしを選んだ。
「......思い切りましたね。」
『家内には、畑なんかやったことないくせにって
笑われたけどな。』
『ところで、先日の電話は何だったんだ?』
「あぁ、五条と木下と飲みに行こうって話になったんで、
大木課長も呼ぼうと思ったんですよ。」
『そうか....。
それは申し訳なかった。良かったらまた是非誘ってくれ。』
電話の向こうの声が若干揺れたように感じた。
『皆はどうしてる?』
「五条はもう次決まってて、木下と僕は転職活動中です。」
『申し訳ないことをしたな。
本当に面目ない。』
「いやいや、課長も同じ被害者じゃないですか。
謝る必要ありませんよ。」
『そう言ってくれるだけ、救われるよ。
ありがとう。』
電話の向こうで奥さんの声が聞こえた。
『何泣いてんの!しっかり謝ったの?』
『今話してるから静かにしてくれよぉ』
どうやら夫婦関係は相変わらずのようだ。
「それじゃ、大木課長。この辺で。
また飲み誘いますね。」
『うん。三浦も色々頑張れよ。』
通話が切れる。
律はその場でしゃがみ込んだ。
「よかったぁぁぁぁ。」
ホッとしすぎて謎に自分まで涙ぐんでいた。
すかさずスマホを開き、
五条に電話を掛ける。
『おう、どうした?』
「おい五条!大木課長生きてたぞ!」
『え、まじか!』
「今、大木課長から電話来て
あの後ネカフェを転々として、でも死のうと思ってたんだけど勇気出なくて、
でも昨日帰ってきて、家も車も売り払って田舎暮らしするんだってよ!」
『おいおい、興奮しすぎて文脈おかしいぞ。
ほら、俺の言った通りだろ?』
ドヤ顔をしている五条の顔が想像できて
少し怒りがこみ上げた。
「いや、お前も昨日焦ってたじゃん。」
『まあ、結果オーライだな。良かった良かった。』
「うん、そーだな。」
『それよか、お前はあれから進展あったか?
可愛い彼女ちゃんには無職になった事言ったのか?』
「言ったよ。全部話した。
応援してくれるって。」
「それで今日から履歴書書いて、転職活動始めたよ。」
『そうかそうか。
見限られなくて良かったな。』
「五条。」
『んぁ?』
「ありがとな。」
『なんだよ気持ちわりぃな。
雪でも振るのか?』
「お前がビシッと言ってくれたから、
俺も頑張んなきゃって思ったよ。」
『そうか。
頑張れよ!』
「おぅ。あ、大木課長また今度飲み誘ってくれってさ。」
『じゃあ、また近いうちに飲み行くか。
木下も課長も誘って。』
「今度は抜け駆けするなよ?」
『わぁーってるって。
あ、そういえば矢野さんから連絡あったぞ。』
「え、マジ?なんて?」
『なんか実家帰るってよ。』
「部長とは?」
『知らねぇよ。別れたんじゃね。』
「そうか。矢野さんって実家何やってるの?」
『なんか、不動産関係やってるらしくてさ。
そこの跡を継ぐんだと。』
『今度の飲み会、矢野さんも誘ってみるか。』
「俺は全然良いけど。
なんかお前嬉しそうだな。」
『う、うるせぇよ。』
「あれ、その反応は...?」
『あぁもうじゃあな。切るぞ。』
通話が切れた。
五条の意外な反応に
一人吹き出してしまう。
皆がそれぞれの道を歩き始めていた。
五条は次の職場に。
木下は別の業界に。
大木課長は自分のやりたかった道に。
矢野さんは実家を継ぐ。
「俺も進まなきゃな。」
空を見上げると、
雲の隙間から陽の光が差し込んでいた。




