5日目
翌日、ひどい頭痛と吐き気に襲われながら
律は目を覚ました。
「あったまいてぇ。」
ガンガン響く痛みに顔を歪めながら
こめかみ辺りを押さえる。
あの後結局三人でキャバクラへ行き、
シャンパンを3本空けた。
潰れてトイレから出てこなくなってしまった木下を
律が必死に介抱する。
やっと落ち着き席に戻ると、
五条はしれっと横にいた子とアフターに行ってしまっていた。
なんとか木下をタクシーに詰め込み、
自分も別のタクシーで帰宅した。
ベッドの周りには
脱ぎ散らかされた服と、
中身がひっくり返った財布が落ちていた。
律はそれらを踏まないように歩き、
薬の入っている棚へ向かう。
中から頭痛薬を取り出す。
「うわ、最悪だ空じゃん。」
空のまま収納されていた頭痛薬の箱をゴミ箱に投げ捨てる。
「水...。」
おぼつかない足取りでキッチンへ行き、
コップ一杯の水を飲み干す。
そのまま再びベッドへ倒れ込んだ。
枕元に置いてあったスマホを開く。
表示された時刻は、9時18分。
久々に朝起きたな。
昨夜、五条に言われたことが引っかかって
なんとなく入れた求人アプリを開く。
『施工管理経験者大歓迎』
『月給45万』
『年間休日120日』
『アットホームな会社です!』
様々な謳い文句を掲げる複数の会社を
スクロールで流し見る。
「就活な~。しないとか~。」
言葉とは裏腹に、
律は携帯の画面を伏して置く。
「今は寝よう。」
体調最悪な今やることではない。
律は再び眠りに落ちた。
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着信音。
目が覚める。
二日酔いはだいぶマシになっていた。
まだ寝ぼけた目を擦りながら
スマホの画面を見る。
『五条』
昨日はよくも途中抜け駆けしやがったな。
文句を言ってやろう。
画面をスライドする。
「おい!お前!昨日はよく置いてったな!
木下君大変だったんだぞ!」
『わりぃわりぃ。昨日はごっそさん。』
「お前あの後どこ行ってたんだよ!」
『それよりお前、テレビ付けてみろ。』
「あ?テレビ?」
律は電話を耳に当てたまま、
脱ぎ散らかった服の下からテレビのリモコンを取り出す。
電源ボタンを押し、テレビを付けると
速報のニュースが流れていた。
『本日未明、千葉県いすみ市の海岸で
男性とみられる遺体が発見されました。』
『遺体は損傷が激しく、
現在身元の特定を急いでいます。』
『なお、先日の豪雨の際、白里海水浴場で行方不明となっていた
男性との関係性も視野に入れ、
警察は事件か事故か捜査を進めております。』
「......。」
テレビから流れるアナウンサーの声だけが
やけに大きく聞こえた。
『......おい。』
電話の向こうから五条の声がする。
『見たか?』
「....見てる。」
『どう思うよ?』
「.....。」
律は答えなかった。
だが、二人の考えていることはきっと同じだった。
律はふと大木課長の奥さんからの電話を思い出した。
『主人、会社にはいるのよね?』
その台詞が頭の中でよみがえる。
電話の向こうから五条の声がした。
『お前、奥さんに電話しろよ。』
「なんて言うんだよ。
まだ大木課長って決まったわけじゃないだろ。」
『まぁ、そうだな。』
『捜索願とか出してれば一番に連絡行くか。』
「俺らが出る幕じゃねぇよ。」
その時、電話の向こうから
女性の声が聞こえた。
『ねぇ、五条君何怖い顔して電話してるの?』
「お前...。」
『じゃあ、切るわ!それだけだったから!』
一方的に電話が切れた。
「.....あいつマジで。」
律はスマホをベッドに投げ捨てる。
「とりあえずシャワー浴びるか。」
そう呟くと浴室へ向かった。
シャワーを浴び、さっぱりすると
数日間溜めていた洗濯を回す。
洗濯が終わるまでの間、
昨日の残骸を整理していると
財布の中に煌びやかな名刺が二枚と高額レシートが出てきた。
「8万!?
あいつ、マジで許さねぇ。」
名刺とレシートを握りつぶすと
ゴミ箱に放り投げた。
洗濯が終わり、ベランダで干していると
腹の虫が鳴る。
飲んだ翌日ってやけに腹が減るよな。
そんなことを思いながら、
カップ麺が入っている棚に向かうが
ストックのカップ麺が底を尽きてしまっていた。
「めんどくせーけど、外食べ行くか。」
律は出掛けるために簡単に身支度を整え
家を後にする。
「そうだ、あの店行ってみよう。」
最近家の近くに出来たラーメン屋。
気になってはいたが
わざわざ足を運ぶのも億劫だった。
あの道の角を曲がれば見えるはず。
その角を曲がると、
目的のラーメン屋の前には十名ほどの行列が出来ていた。
「うわぁまじか。」
看板にでかでかと『二郎系ラーメン』と書かれている。
その類のラーメン屋はこの辺では珍しい。
だからこんなに人集まってるのか。
律は辺りを見渡すと
見慣れた赤い看板が目に入る。
「今日もすき家にするか。」
律の中の好きな外食チェーン店のトップ3に入るその店は
夜遅くまで営業しているので、良く仕事帰りに寄ったものだ。
店のドアを開けると、
客はいるもののすんなりとカウンター席に座ることが出来た。
明るい時間に来るとまるで別の店みたいだな。
タブレットでいつものメニューを注文する。
『おろしポン酢牛丼大盛り+豚汁おしんこセット』
注文をして5分くらいで律の目の前に
食事が提供された。
相変わらず早いな。
そんなことを思いながら、テーブルに置いてある紅ショウガを乗せ
静かに手を合わせ心の中で「いただきます」と呟く。
一口目を口に運ぼうとした瞬間、
携帯の着信が鳴った。
画面を見ると、『早紀』と書いてある。
律は一口目をどんぶりに戻すと、
小声で電話に出た。
「もしもし?早紀?どうした?」
『あ、律君やっほ~今日はお仕事?』
「あー、今日は休みで今お昼食べてるとこ。」
『またすき家~?
偏った食事は身体を悪くするよ?』
どこかにGPSでも付けられているのだろうか?
「気を付けます。
それで、どうかした??」
『あ、そうそう!
京都のお土産渡しがてらデートのお誘い!』
「おぉ、ありがとう。明日とか?」
『明日はちょっと美容院行きたいから。
今日お休みならこの後とかどう?』
律は時計を見る。
13時49分。
「あ~、いいよ。
でも準備とかしたいから15時くらいでもいい?」
『分かった!りょーかい!
じゃあそのくらいにしよう!場所はいつもの駅で良いでしょ?』
「うん、わかった。
じゃあ、また後で。」
『はーい、ばいばーい。』
通話が切れ、電話を机に置くと
律は先程戻した牛丼を急いで口へ運んだ。
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一旦家に帰り、ちゃんとした服装に着替える。
髪の毛をセットして、髭も剃る。
準備が出来たところで時計を見る。
14時25分。
急いだ甲斐があった。
なんとか余裕をもって集合時間に間に合いそうだ。
でもまだ少し早い。
律はベランダに出ると、煙草に火を付ける。
空に向かい煙と共に言葉を吐いた。
「タバコ吸ってること言ったら嫌われるかな?」
早紀には煙草を吸っていることを伝えていなかった。
別に隠しているわけではない。
普段は気を使って、会っている時は吸わないようにしている。
特に聞かれた事もないので言ってはいなかった。
「それよりも会社の事言わないとな。」
久々のデートなのに気が重い。
律は煙草の火を消すと、
駅に向かった。
いつもの駅。
千葉駅。
律の家と早紀の家の丁度中間くらいにあり、
毎回デートの時は自然とこの千葉駅で集まることがいつもの流れになっていた。
15時より少し早く付いた律は、
改札を出てすぐの柱に寄りかかって早紀の到着を待っていた。
しばらくすると、
人混みの中から律を呼ぶ声がする。
「律君!ごめん待った?」
「いや、俺も丁度来たとこ。」
「それならよかった。へへ、久々だね。」
水色のワンピースに白い薄いカーディガン。
早紀はいつものように清楚な格好で
照れくさそうに笑った。
あぁ、可愛い。
やばい変にニヤけてしまうところだった。
「じゃあ、行こうか。どこか行きたいとこある?」
「ん~とりあえずお土産渡したいからカフェいこ!」
そう言うと、二人は近くにあった
昭和レトロ感満載の喫茶店に入る。
律はアイスコーヒー。
早紀は紅茶とプリンアラモードを頼んだ。
「はい。これ。お土産ね!」
「空けても良い?」
「もちろん!」
手のひらサイズの紙袋を開くと
中には深い青色のお猪口が入っていた。
「おぉ、いいね!」
「でしょ~?律君お酒好きだから、
これ見た瞬間ビビッと来たんだよね!」
「まじで、普通に嬉しいわ。」
「普通にってなにさ~。」
その後も
早紀は京都のお土産話を楽しそうにしてくれた。
乗る電車を間違えたこと。
外人に英語で道を聞かれ戸惑ったこと。
移動のタクシーで財布を忘れ、
急いで取りに行ったこと。
あれ、結構ハプニング多めじゃね?
そんな話をしばらく二人は楽しそうに話していた。
「律君も今度連休取れたら旅行行こうよ!」
ふと早紀の何気ない提案に、言葉が詰まる。
「そ、そうだね。どこ行こうか?」
今まさに連休中なんです。
無職だということを早紀が知ったらどんな反応をするのだろうか?
励ましてくれる?
応援してくれる?
はたまた呆れられて別れることになるかも。
それからの話は上の空だった。
喫茶店を出ると、
買い物に行きたいという早紀に手を引かれ、
ショッピングモールへ来た。
買い物をし、ゲームセンターで遊び、
フードコートで夕飯を食べ、
最後にレイトショーで映画を見た。
昔の映画のリメイク版らしく、
海外の若い男女が描く恋愛モノだった。
律は何を思って見ていたのか、
何を考えていたのか良く思い出せなかった。
帰り道、早紀の家の最寄り駅まで行き、
駅から家までの道をコンビニで買った酒を飲みながら
ゆっくりと歩いて帰っていた。
「今日は楽しかったね~。
律君は何が一番楽しかった?」
「あ、うん。
最後に見た映画かな?感動した。」
「....。」
「律君さ。」
「ん?」
「なんか隠してるでしょ?」
「...え?」
唐突な質問に一瞬返事が詰まった。
「今日なんか一日ずっと上の空と言うか。
心ここにあらずって感じだったよ?」
この子にはすべて見透かす能力があるのだろうか。
「....別に何も隠してないよ。」
ふと早紀が律の前に立ち塞がる。
「ほんとに?」
「う、うん。ほんと。」
「ちゃんと目を見て言ってよ。」
お酒を飲んで少し頬を赤らめた早紀の顔は
真っ直ぐ律を捉えている。
かくいう律は顔を俯け、早紀から視線を逸らす。
「律君、隠すの下手すぎ。
なに?こんな可愛い彼女がいるのに浮気でもしちゃった?」
早紀は笑う。
「いや!....それはない。」
「じゃあ、なんですか?
言わないとこの先には進めません。」
早紀はいつでも明るく、真面目な話も
少しおちゃらけて緊張感をうまく無くしてくれる。
律は手に持った缶チューハイを大きく一口飲むと、
小さく呟いた。
「.....会社が、無くなった。」
「.....え?
ごめん、もう一回言って?」
流石に早紀も予想外の答えだったのか、
もう一度聞き返してきた。
「行ってた会社が、無くなったんだ。」
「どういうこと?」
早紀は眉をしかめる。
「今週の水曜日。
朝、会社に行ったらもぬけの殻で...。
部長は連絡付かなくて、課長も俺たちも何にも知らされてなくて。」
「....倒産したってこと?」
「わからない。」
「ってか、水曜日?
もう3日前じゃん。なんで黙ってたの?」
「旅行に行ってる早紀に余計な心配とか掛けたくなくて。
ホントに、ごめん。」
律は頭を下げた。
少しの沈黙。
静かに早紀が口を開いた。
「...余計かどうかは私が決める事だよ。
律君がつらい時に私に気を遣う事自体が余計だよ。
一人楽しんでた私が馬鹿みたいじゃん。」
「いや、そんなことなくて...。
ホントごめん。」
真っ暗な住宅街。
ポツンと街灯の灯りに照らされ、
二人は立っていた。
「....それで、律君は大丈夫なの?」
「まぁ、先月分の給料は入ってるし、
ある程度貯金あるからとりあえずは...。」
「いや、そういう話じゃなくて。
......怖くない?」
律は言葉に詰まった。
ここ数日、会社が無くなってから
自分の感情に見て見ぬふりをしてきた。
会社が無くなった。
無職になった。
五条や木下は次へ進みだしている。
大木課長は行方不明。
今朝見つかった遺体の件。
それらに目を瞑る様に、
海に行った。
朝から酒を飲んだ。
好きな事だけして過ごした。
早紀の言葉を聞き、
初めて自分の感情について考えた。
「....わからない。」
「他の会社の人たちはどうしてるの?」
「この前会った五条はもう次決まってて。
後輩は就活してて、課長は連絡取れない...。」
律は俯いたまま、言った。
「....律君は?」
「求人、見てる。」
「そっか.....。
あ、もうそろそろ終電の時間だよね?
私ここまでで良いから。今日はありがとね。」
「ううん。こちらこそ。
早紀に会えて良かった。」
「じゃ、またね!」
早紀は笑顔を見せて手を振る。
「うん。また。」
律も手を振ると、早紀に背を向け歩き出す。
「律君!」
数歩進んだところで呼び止められる。
後ろを振り向くと、
早紀が両手を口元に添え、
それでも深夜の住宅街を気にしてか、控えめな声で叫んだ。
「私はいつでも味方だぞ!
年下だけど、頼ってね!」
律は目頭に熱いものを感じるがグッと堪え、
大きく首を縦に振った。
「....ありがとう。」
その後、律は終電に揺られ自分の家へ帰った。
部屋に入ると、
早紀から貰ったお土産の袋を開ける。
群青色に染まった小さなお猪口は、
照明の光を反射し、キラキラと輝いていた。
「俺、何してんだろうな...。」
いや、何がしたいんだろうな。
冷蔵庫で冷やしてそのまま放置していた
日本酒の一合瓶を取り出し、
お猪口に注ごうとしてーー。
今日は辞めた。
シャワーを浴び、寝間着に着替えベッドに横になる。
今朝開いた求人アプリを開き、
今度は一社しっかりと内容を読んだ。




