4日目
今日も起きたのは昼過ぎ。
待ちに待った華金だ。
律はつけっぱなしで寝てしまった
ネットフリックスを閉じ、
テレビ放送のニュースに切り替えた。
昨日とは違い、
大物芸能人の熱愛報道でどのチャンネルも持ち切りだった。
窓際に行き、カーテンを開けると
昨日までの雨が嘘かのように青空が広がっている。
「晴れて良かったなぁ。」
太陽に向かって大きく伸びをすると、
昨日飲んだ空き缶と、カップ麺の空のゴミを
ゴミ袋にまとめる。
机に置いてあったタバコとライターを手に取り、
ベランダに出た。
箱から一本抜き取り口にくわえ、火を付ける。
携帯を開き時間を確認する。
14時05分。
飲み会の集合時間は18時だった。
「あ、洗濯回さなきゃ。」
そんな独り言を呟きながら、
ベランダの手摺に肘を掛ける。
今も、世のほとんどの大人は働いてるんだよな。
なんの仕事をしようかな。
やっぱ建築系?
全然違う路線でも良いかもしれない。
まあ、しばらくはゆっくりしよう。
その時、携帯の通知が鳴った。
携帯を開くと、早紀からのメッセージだった。
彼女は今日有休を取り、
親友三人組で京都に二泊三日の旅行に行ってるらしい。
メッセージの内容は、
現地で食べ歩きをしているのか
食べ物の写真ばかりだった。
『めっちゃ美味しい!
京都の雰囲気をおすそ分け!』
「かわいいなぁ。」
なぜ自分にこんな可愛い子が付き合ってくれたのか。
と、良く思うが今が良ければ全て良しだと自分を納得させる。
「美味しそうだね。楽しんでね!っと。」
文字を打つのと合わせて、
口で復唱する。
メッセージを一件送信した。
律は短くなった煙草を最後にひと吸いして灰皿に押し付ける。
「俺も腹減ったな。」
部屋に戻り、カップ麺を漁る。
今は焼きそばの気分だ。
律は慣れた手つきで準備をする。
するとまた携帯の通知が鳴った。
『律くんの分まで楽しんでくる!
お土産楽しみにしてて!』
自然に口角が上がってしまう。
『ありがとう!めっちゃ楽しみ!』
そう、返信を送るとキッチンの上に携帯を置き、
カップ麺のお湯を捨てる。
タレや粉末を入れて混ぜる。
今日は飲みに行くから酒はやめておこう。
コップに氷と水道水を入れ、リビングに腰を下ろす。
テレビの音をBGMに律は昼食を済ませた。
歯に挟まった青のりをつまようじで取りながら、
テレビ画面の隅の現時刻を確認する。
14時37分。
なんもすることないと、時間過ぎるの遅いな。
「はぁ。」
大きく欠伸をする。
飲みまで時間あるし、もう一回寝るかな。
律はカップ麺のゴミをゴミ箱に捨て、
もう一度ベッドに横になった。
一応アラームを掛けておこう。
『16時30分』
起きたらシャワーを浴びて、軽く準備をして向かおう。
あ、お金降ろしとかないとな。
そんなことを考えてるうちに、
律の意識は段々と遠のいていった。
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ハッと目が覚める。
確認しなくてもなんとなく分かる。
寝坊した。
枕元の携帯を開く。
17時14分。
「おいおいまじか!」
無意識にアラームを止めていたらしい。
律はベッドから飛び起き、
服を脱ぎ風呂に入る。
簡単にシャワーを浴びる。
そしてまた積みあがった
洗濯前の山の中からタオルを引っ張り出す。
「あ、洗濯するの忘れてんじゃん!」
でも今はもうそんなことやってられない。
クローゼットから服を取り出し着る。
再び洗面所に戻り、歯を磨く。
化粧水、乳液を顔に塗る。
そしてワックスで髪の毛をセットする。
「よし!」
鏡に映る自分に頷き、
身支度を整える。
携帯をもう一度開く。
17時35分。
やばいやばい遅刻する。
無職なのに。
律は財布と煙草をズボンのポケットに入れ、
家を飛び出した。
最寄りの大網駅まで走れば3分でつく。
電車の時間は確認してないがすぐ来るだろう。
今夜の飲み会の場所は蘇我。
何もなければギリギリ間に合う。
律は走った。
見えた。
駅に入り、改札を抜けホームに駆け込む。
すると見計らったかのように電車到着のアナウンスが流れる。
律はTシャツの裾で汗を拭った。
「間に合ったぁ。」
ホームに入ってきた外房線に乗る。
車内は冷房が効いていて涼しかった。
ようやく一息つく。
車内は帰宅ラッシュで若干混んでいた。
スーツ姿のサラリーマン。
作業着姿の男。
部活帰りの学生集団。
買い物袋を肩に掛けたOL。
あー皆仕事帰りの時間か。
今この瞬間、律は心に決めた。
次に働くとこは定時に上がれるとこにしよう。
車窓から外の景色を眺める。
夏真っ盛りのため、外はまだ明るい。
いままで明るい時間に帰宅したことがあっただろうか。
今まさにその気分を味わっている。
うん。悪くない。
電車に揺られること20分。
車内アナウンスが流れる。
『次は~蘇我~蘇我~。』
律は席を立ち、扉の前を陣取った。
汗はいつの間にか引いていた。
扉が開くと、
人混みに飲まれないように足早にホームを歩く。
階段を上がり、そのまま改札を抜けた。
待ち合わせは確か東口。
歩きながら時計を確認する。
17時58分。
なんだ余裕じゃん。
案内看板を頼りに目的地に到着した。
「まだ誰も来てないのか。」
律は壁にもたれて携帯を開いた。
『もう着いたぞ』
すぐに既読が二件ついた。
『わるい!10分遅れる!』
『すみません。僕も少し遅れます!』
なんだよ。
急いで損した。
しばらくその場で携帯をいじって待つ。
電車が来た音がした。
少しすると、仕事終わりの人たちが続々と出てくる。
その群れの中から、
見慣れた二人が姿を現した。
「おー、無職!」
「遅くなってすみません!」
「うるせーお前もだろ。」
男三人揃い、夜の街へ繰り出した。
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ガヤガヤした大衆酒場。
五条と飲みに来るときは必ず一件目はこの居酒屋だ。
今の時代珍しく喫煙可能店のため、
喫煙者がこぞって集まる。
煙に巻かれ、席同士の境はなく、
座布団はぺしゃんこだった。
清潔感がちょっとないくらいが丁度良い。
「ご注文はお決まりですか?」
店員の質問に五条が答える。
「えー、とりあえず生3つで。」
「あ、すみません。
僕コークハイでお願いします。」
木下が申し訳なさそうに
小さく手を上げた。
「最初くらい合わせろよ!」
「五条。最近じゃそういうのアルハラって言うんだぞ。」
「つまんねーこと言うなよ。
あ、あと枝豆と冷やしトマト。あさりの酒蒸しで。」
店員は注文をスマホに入力すると
一礼して去っていく。
ものの一、二分で一杯目の酒が運ばれてくる。
「早いねー流石だね。」
律が関心してるのも束の間、
五条が乾杯の音頭を取る。
「それでは、皆さん。色々ありましたが
新たな人生の記念すべき一歩目として。
無職にかんぱーーい!」
「おい、あんま大きい声で言うなよ。」
「か、乾杯!」
三つのグラスがぶつかる音。
五条と律は一気にグラスの半分を飲み干した。
「くあぁ、染み渡るね~。」
「お二人ともお酒強いんですか?」
「俺は強いけど、こいつは雑魚だよ。」
五条が律を馬鹿にするような目で見る。
「誰が雑魚だよ。お前だってこの前潰れてただろ。」
「何言ってんだ、俺は潰れたことないぞ?」
「前回キャバクラ行った時に、後半寝てたじゃねーか。」
「ばーか。眠かったから寝てただけだよ。」
「それを潰れたって言うんだよ。」
三人は周りの騒音に負けじと
大声で会話を続ける。
「三浦さんは普段どのくらい飲まれるんですか?」
「俺?まあ普通だよ。」
「木下~。こいつの普通は信用すんなよ?
大半後半記憶飛ばしてっから。」
「それは、なんも言えん。」
「すごいですね!
僕記憶飛ばしたり、潰れたことないから分かんないです!」
木下の目は純粋にキラキラしたまなざしだった。
「そんなに良いもんじゃないぞ?
次の日二日酔い確定だし。」
「じゃあ今日は木下が潰れるまで飲むか!」
「え~。勘弁してくださいよ~。」
そんな他愛もない会話で始まった飲み会は、
気付けば一時間程経過していた。
机に並んだ
少しずつ残った料理たち。
最後の一つを誰が食べるのか今か今かと待っている。
「いや~それにしても塚本マジで腹立つな!」
「塚本って、部長の事ですか?」
「それ以外にいないだろ!」
「いいんですか?こんなとこで大声で話しちゃ
どっかで聞かれてるかも...。」
「聞かれてなんぼよ!今更ひょこひょこ出てきたら
あのきもいカツラはぎとって、ハゲ頭引っ叩いてやる!」
「え、部長ってカツラだったんですか?
三浦さん知ってました?」
「木下君知らなかったの?
完全カツラだよあれ。みんな知ってるよ。」
「でもなんで矢野さんは塚本とデキてんのかね?
入社当初は俺に気があると思ってたんだけどな~。」
五条が枝豆をつまみながら話を続ける。
「52歳のハゲデブのおじさんのどこが良いんだろうな?
矢野さんまだ27歳だろ?倍違うじゃん。」
「矢野さんも可愛いから普通に彼氏良そうだけどね。」
「彼氏いるみたいですよ。」
律と五条の手が止まる。
「あと、部長と付き合ってるのはお金くれるからだそうです。」
木下が淡々と説明する。
顔が若干赤みを帯びてきている。
「「木下君何で知ってるの?」」
恥ずかしいことに
律と五条の声がはもってしまった。
「いや、普通に聞きました。
いつだか部長が矢野さんの肩に手を回して帰ってくのを見たので、
翌日矢野さんに聞いたんです。部長と付き合ってるんですか?って。
そしたら教えてくれました。」
「まじか。」
「矢野さんお金渡せば誰でもついていくのか...?」
「いや、でもそういうことはしてないらしいですよ。
生理的に受け付けないって言ってました。」
「一緒に付いてってご飯を食べればお金をくれるって。」
「塚本マジでやべぇな。」
「まあ結婚せずにあの年で役職持ちだから。
金には困ってないんだろうな。」
「にしても矢野さんに見向きもされてねぇのマジウケるわ。」
五条が机を叩いて大笑いする。
「最後あいつにギャフンと言わせてやりたかったけど
なんか今のですっきりしたわ!」
「だとしたら矢野さんは今何してんのかね?
塚本部長についてったとは考えにくくない?」
「何してるんですかね~?」
「どーだっていいだろ、もう会うことないんだろうし。」
五条がポロっと口にした言葉が最後に
少しの間が流れた。
そうだよな。
もう会社はないんだし。
会うことないんだな。
塚本部長も、大木課長も、矢野さんも。
「五条は良いよな。次決まってるんだろ?」
ふと律が沈黙を破った。
「おう。あの会社よりも大きいとこから声かけてくれててな。
転職ほぼ決まってたからすんなりだよ。」
「え、五条さん転職しようとしてたんですか?」
「コイツちゃっかりだよね~。」
「戦略的撤退だよ。
仕事が早いって言ってくれないかな。」
謎に五条は鼻高々と威張っている。
「木下君はどうするの?」
「僕はハローワーク通ってます。
事情も事情なんで、優先して会社紹介してくれるって言われてて。」
「そっか。木下君も頑張ってるんだね。」
「そういうお前はどうなんだよ。」
律は話を自分に振られて黙ってしまう。
流れ的に聞かれることは想定していたが、
二人とも次に向け動き始めている中、自分は何もしていなかった。
「ん~俺はしばらく休みを謳歌しようかな~って。」
「お前マジで言ってんの?」
さっきまでへらへらしていた五条が真面目な顔で聞いてきた。
「お、おう。別に金にはしばらく困らないし。
とりあえずは良いかなって。」
「お前、人生を甘く見すぎてるよ。」
五条は呆れたように溜息をついた。
「な、なんだよ急に。」
「別に明日から働けとか言わねぇけどさ。何ヶ月もダラダラしてみろ。
履歴書になんて書くんだよ。」
「会社潰れたんだから仕方ねぇだろ?」
「潰れたのは仕方ねぇよ。
その後何してたかはお前の責任だろ。」
「...。」
律は黙ってしまう。
重い空気が流れる。
「あ、あの。次何飲みます?
そういえば大木課長はどうしてるんですかね~?」
木下が完全に気を効かせて話題を変える。
「俺はビールで。」
「じゃあ俺はウーロンハイで。」
「僕頼んじゃいますね。すみませーーん!
生とウーロンハイお願いします!」
律は少し胸にモヤが掛かったまま、
残りのビールを飲み干した。
「大木課長、あの日から家に帰ってないらしいよ。」
空いたグラスを店員に渡しながら、
律は木下に言う。
「え!そうなんですか?」
木下は目を見開いて驚く。
「そういやお前、
あれから奥さんから連絡ないの?」
「ないんだよね。あれが水曜日だったからもう3日帰ってないのか。」
「まぁ...大木さんも大人だし、3日くらいなら大丈夫だろ。」
「心配ですね...。」
少しの沈黙が流れる。
「心配もなにも50近いおじさんが家出してるだけだって。」
五条は鼻で笑いながら
新しく来たビールに口を付ける。
「自殺...、とかしてないですよね?」
木下が怯えた表情で五条に聞く。
「そんなんする勇気もないだろ。
大木さんも色々あるんじゃねぇの。奥さんには悪いけど。」
「そうだな。」
律は卓上のトマトを一切れつまむ。
「それより、木下君この後キャバクラ行くか?」
「ん...!」
想定外の提案に
木下は口に含んでいた酒を少し吹き出す。
「おい!きたねぇな!」
五条が反射的に立ち上がる。
律は横で腹を抱えて笑っていた。
「ほんとですか!行ってみたいです!」
目を輝かせる木下に
五条が胸を張る。
「まかせとけ!
今夜は三浦先輩の奢りだ!」
「ありがとうございます!!」
木下が立ち上がり、
仕事では見たことない深々としたお辞儀をする。
「おい、なんで俺だけなんだよ!
五条、お前も出せよ?」
「良いじゃないっすか~。
しばらくグダグダ出来るほどお金に余裕があるんでしょ?
後輩にかっこいいとこ見せないと~。」
五条が煽る。
律は財布を覗きながら嘆く。
「今日そんなに現金持ってきてねぇよ。」
「大丈夫。君には魔法のカードがあるじゃないですか。」
木下の方を見ると、
初めてのキャバクラにワクワクしてしまっている。
律は来たばかりのウーロンハイを一気に飲み干し、
飲み終えたグラスを掲げた。
「よし!お前ら!今日は俺について来い!」
「流石です!三浦先輩!」
「まじか!ごちになりまーす!」
途中の話が嘘かのように
陽気な三人組は店を出て、夜の街へと消えていった。




