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無職一日目  作者: 春賀
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3/7

3日目

翌日、律は昼過ぎに目が覚める。


昨日まで通っていた会社が忽然と姿を消したため、

久々に携帯のアラームを掛けずに眠りについた。


今までの疲れを落とすかのように、

泥のように十二時間以上も寝た。

それでもどんより薄暗いのは、

昨日から降り続いている大雨のせいだろうか。


律は起き上がり、大きな欠伸をする。


テレビの電源を付けると、

お昼のニュース番組が始まる。


ニュースキャスターや専門家が

真剣な顔つきでこの大雨について語っていた。


携帯の画面を開く。


もう出社の時間なんてとうに超えているのに、

誰からも連絡が来ていない。



「...最高じゃん。」


律はもう一度大きな欠伸をしながら

ぽつりと呟いた。



顔を洗おうと洗面所に向かう背後から

テレビの声が耳に入ってきた。


『えー、昨日の午後から天候が急転した関東地方。

 千葉県の白里海水浴場では未だ、

 1名の男性の捜索が続いております。』


『警察、消防は...。』



律は耳を疑った。


そしてすぐに昨日の海の家で会った元気な男女を思い出す。

彼らは大丈夫だっただろうか。

「...まさか、ね。」


だが、昨日会っただけの名前も知らない人たち。

確認する術もない。


テレビは別のニュースへ移る。


心配するだけ無駄か。


「まあ、あの子たちじゃないだろ。」


そう呟くと、再び洗面所へ向かった。


顔を洗い、タオルを探す。

連日の労働で洗濯もろくにしていない律は

積まれた洗濯物の山からタオルを引っ張り出し顔を拭く。


それをまた山に投げ捨てると、キッチンへ向かう。


冷蔵庫を開ける。


基本的に自炊はしないので、

食材はない。


並んだ缶ビールの内の一つを取り出す。


プルタブを開け、一口飲む。


「あぁ、最高。」


缶ビールをキッチンの上に置き、

背面の棚を漁る。


取り出したのはカップ麺。


ポットに水を入れ、

電源を付ける。


お湯が沸くまでの間、

カップ麺の袋を剥き、蓋を開ける。

かやくと粉末スープを入れる。


順番は基本的に守らない。


入れるタイミングは説明に書いてあるが、

どう作っても一緒だと思ってる。


準備が整うと、再びビールを口に運んだ。


キッチンカウンター越しにテレビを眺める。


リモコンでチャンネルを変えるが、

依然ニュースは大雨の事で持ち切りだ。


適当なチャンネルで手を止める。

駅のホームで中年のサラリーマンがインタビューを受けていた。


『いやぁ、電車もバスも止まっちゃってて大変ですよ。

 朝会社に電話したら今日は出社しなくていいって言われたんですけど、

 駅まで来ちゃったもので、帰る方法もなくて。』


「大変そうだな...。」


律はぼーっと眺めながら、

他人事のように呟く。


あの会社は激しい台風の日でも遅刻したら

すごく怒られた記憶がある。


だから、台風前日とかは会社に泊まったっけ。


ポットのお湯が沸く音がしたので

カップ麺の中にお湯を注ぎ蓋を閉じる。



その時、携帯の着信が鳴る。


「誰だ?」


ベッドに置きっぱなしにした携帯を取りに行く。


画面を見ると『五条』と書かれていた。



「もしもし?どうした?」


『おう、おつかれ!何してた?』


「いや、何もしてなかったな。

 てか今起きたとこ。」


『お前、無職満喫してるな!』


電話の向こうで笑い声が聞こえる。


「んで、なんかようか?」


『あぁ、そうだ。俺転職するって言ってたろ?』


「あぁ。」


『昨日あの後、次行く予定の会社に事情を説明したら

 10月から雇ってくれるって言ってくれてさ!』


「10月って、もう再来月じゃん。」


『そうそう!だから幸せのおすそ分けってこと!』


「なんだよ、ただの自慢電話かよ。」


電話の向こうでさらに大きな笑い声が聞こえた。


「それだけなら切るぞ?」


『ごめんごめん、メインはこっち!

 お前、今週末の夜何してる?』


「今週末?

 今日木曜日だから、土曜の夜とか?」


『馬鹿言ってんな!今の俺らは自由だぞ?

 金曜日の夜だよ!飲み行こうぜ!』


「明日じゃん。

 そうか、俺たちにもついに華金が来たのか!」


『そうだよ!

 土曜日も仕事ないしパーッと飲もうぜ!

 木下君も誘ってみるか!』


「いいね!

 大木課長も誘ってみる?」


『あの人来るかな?

 まあそっちは任せる!木下君は俺が誘っとくよ!

 時間と場所はまたメールするわ!』


「了解!じゃあまた明日!」


電話を切る。


律は胸が踊っていた。


「無職って最高だな。」


キッチンに戻り、カップ麺を開くと

麺はもう汁を吸ってしまっていた。



律は伸びたカップ麺と缶ビールを持って

テレビの前に座る。


一口、麺をすする。


そうか、五条はもう働く場所が決まったのか。

あいつ仕事の効率良いし、成績も良かった。

上司に気に入られる術も持ってるし。


そりゃどこからでも引っ張りだこだよな。


木下はまだ新卒だから、

普通に就活すれば受かると思うけど。


大木課長はどうなんだろ?


そして、律は携帯の電話帳を開き

大木課長へ電話を掛ける。



呼び出し音が鳴る。



しかし、

一向に出る気配がない。


「まだ寝てるのか?」


それとも就活してるのだろうか、

家族には話したのだろうか?


色々な疑問が浮かんだが、すぐ掛け直してくるだろうと

考えるのをやめた。


律は更に一口、麺を啜った。



そうだ。

自分も昨日から彼女に返信をしていない。


再び携帯を開くとメッセージに五件の通知が来ていた。



『こっちは仕事終わったよ!

 律くんも残業ファイト!』17:45


『律くんまだお仕事中?』19:26


『まだ残業中?無理しちゃダメだよ?』22:12


『おーい!もう寝ちゃうぞー?おやすみなさい!』23:03



『おはよう!大丈夫?』06:22


やばいやばい。

昨日はちょっと酔いすぎて

帰ってきてそのままシャワーを浴びて寝てしまった。


返事返さなきゃ。


『ごめん!仕事終わって疲れて

 そのまま寝ちゃってた!

 こっちは大丈夫だよ!』12:37


はじめて彼女に嘘をついた。



-----------------------------------------




朝食という名の昼食を食べ終えた律は、

雨で溜まった洗濯物は諦め、部屋の片付けを始めた。


新生活を始めたばかりの時は、

それでも一人暮らしを頑張ろうと

お洒落な置物を置いてみたり、

観葉植物を飾ったり、こまめに掃除もしていた。


しかし、いつからか帰って寝るだけの部屋と

化してからは、コンビニ弁当のゴミや、

飲みかけのペットボトルは床に散乱し、

おそらくサボテンであった植木鉢の中では、

訳の分からない物体が枯れ果てていた。


「サボテンって枯れるのか。」


ごみを全てゴミ袋に詰め、玄関へ持っていく。


ある程度片付けてから、掃除機を掛ける。


2時間くらい集中して掃除したため、

結構綺麗になったと思う。


これからは新たな人生の始まりだ。


またあの汚部屋に戻らないよう気を付けよう。


そして、労働後の一杯を飲もうと

新しい缶ビールに手を掛けた時、

再び携帯が鳴った。



「なんだよ?」


どうせまた五条だろうと思い、

携帯の画面を見ると、『大木課長』と書かれていた。


すぐに電話に出る。


「あ、もしもし?大木課長ですか?」


『....。』


電話の向こうからは返事がない。


「もしもし?大木課長?」


すると、向こうから女性の声が聞こえた。


『...もしもし。大木の妻です。』


「あ、すみません。奥様でしたか。」


大木課長の奥さんとは一度だけ会ったことがある。


すごく物腰が低く、でも旦那には厳しい人だった。


去年の新年会の時、酔っぱらった大木課長を迎えに来て、

部下の律と五条には、迷惑かけたと何度も謝罪をしてきて

菓子折りまで持って来てくれて、素敵な人だと思っていたが

酔い潰れた課長を車に乗せる時、想像できないような口調で

怒鳴り、頭を引っ叩いていた。


電話越しの奥さんは少し元気がなさそうだった。


「大木課長はいらっしゃいますか?」


『三浦君よね?

 主人ね、昨日から帰ってきてないの。』


「え?」


『昨日会社行ったきり、携帯を忘れてったからすぐ戻ってくるかと

 思ってたんだけど。』


確かに昨日の朝、大木課長は携帯を

家に忘れたといっていたことを思い出した。


『昨日の午後から大雨だったじゃない?

 だからきっとまた急遽会社に泊ることになったのかなと思って。』


「そう、ですか...。」


『主人、会社にはいるのよね?』


まだ大木課長は家に帰ってないっていうことは

会社が消えたことは奥さんは知らないはず。


そのことについて、自分の口から伝えていいのか分からなかった。


「いや、すみません。

 僕も昨日午前中で外廻りしてそのまま直帰で

 今日も休みなので昨日の朝以降見てなくて...。」


大木課長が帰らない、恐らく一番の理由は知っている。

だが、どこに行ってしまったのかは本当にわからない。

 

『あら、そうだったのね。

 会社に電話しても誰も出なくて、

 そんな時主人の携帯を見たら

 三浦君から着信が来てたから掛けちゃったの。

 お休みだったのに、ごめんなさいね。』


「いえいえ、とんでもない。

 僕も何か分かれば連絡しますね。」


『ありがとう。

 助かるわ。』


「はい、それじゃあ、失礼します。」



電話を切った。


そしてすぐに五条に電話を掛ける。

呼び出し音。


『おう、どーした?』


「おい、今大木課長に電話したんだけど。」


『飲み来るって?』


「いや、奥さんが出たんだよ。

 それで大木課長、昨日から家帰ってないって。」


少しの沈黙が流れる。


『家族に合わせる顔無くて、

 ネカフェとかに泊ってるんじゃない?』


「いや、そうなのかな?」


『大丈夫だって、深く考えすぎだよ。』


電話の向こうの声はへらへらと笑っている。


「昨日の落ち込みよう見たらもしかして...。」


『気にしすぎだよ。

 あ、ちなみに木下君は来るって。』


「お、おう。そうか。」


『それだけか?

 なんか電波悪いから切るぞ?』


「お、おう、わるい。

 変なこと考えちゃってたかも。」


『そのうちフラッと帰るさ。

 あの奥さんだから怖くて帰れないだけだって。

 それよりお前は自分の心配しろよ。無職君。』


「うるせーよ。」


『じゃあな。』



電話が切れた。


「そうだよな。考えすぎだよな。」


自分を言い聞かせるように呟く。


そして再び、冷蔵庫を開け

綺麗になったばかりの部屋で缶ビールを開ける。


プシュッ。


静かな部屋の中に

泡の弾ける音がする。


律はそれを一口飲む。



テレビからは相変わらず大雨のニュース。

 

「ネトフリでも見るか。」


そういうとリモコンを手に取り、

チャンネルを変えた。


見ようと思って溜まっていた作品が山ほどある。


「どれから見ようかな。」


突然始まった終わりのない長期休暇は

始まったばかりだった。


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