第27話:【人柱の再定義、あるいは聖女という名の濾過器(フィルター)】
1. 地下の墓標
「……相変わらず、趣味の悪い場所ね」
セシル教授は、カビ臭い地下のコントロールルームで、骨董品のような真空管モニターの光に顔を照らされていた。天井の隙間から滑り込んできたカイとリアを、彼女はいつも通りの冷淡な目で見迎える。
「遅かったじゃない、デバッガー。空間のラグに捕まって消滅したかと思ったわ」
「外の処理落ちは深刻だ。物理法則のレンダリングが完全に壊れ始めてる。……それで、教授。わざわざ俺たちを呼び出した理由は?」
カイが尋ねると、セシルは背後の巨大なカプセルを示した。それはかつて学院の地下にあったものと同型――しかし、より巨大で、血の凍るような歴史が刻まれた「器」だった。
「旧政府の残党が動いているわ。彼らは混乱した世界を再統治するために、もう一度『聖歌による管理体制』を構築しようとしている。……そのために、リア、あなたを狙っているのよ」
2. 100年の濾過
「(……私を……? でも、私のデバイスはもう……)」
リアが自分の喉に手を当てる。セシルは悲しげに首を振った。
「彼らが欲しいのはデバイスじゃない。あなたたちの『生体脳』そのものよ。……カイ、あなたがカデンツァを止めた時に見たでしょう。マザー・システムの本尊が『赤子』だった理由を」
セシルは、旧時代の極秘ログを画面に呼び出した。そこに映し出されたのは、歴代の「聖女」たちのデータだった。
「文字は強大すぎる。人間がそのまま使えば、互いのエゴで世界がパラドックスを起こしてフリーズする。だからマザー・システムは、世界で最も『純粋で、エゴのない歌姫』の脳を人柱としてシステムに直結させ、全人類の思考から『毒(文字)』を濾過していたの。……初代聖女セレナからあなたまで、聖女とは、人類のバグを吸い出すための『巨大なフィルター』だったのよ」
リアの顔から血の気が引いていく。自分が「美しい歌姫」として育てられた本当の理由。それは、いつかマザー・システムと融合し、自我を消去されて、世界の『冷却剤』になるための家畜だったのだ。
3. 急襲:旧体制の亡霊
――ドォォォォォン!!
突如、地下室の鉄扉が爆破された。硝煙の中から現れたのは、強化装甲に身を包んだ旧政府軍の特殊部隊。彼らは言葉を発しない。ただ、銃身に刻まれた「軍用文字」が、冷徹な殺意を持って発光していた。
「目標『コード:リア』の確保を最優先! 随伴する不確定因子は即座に消去せよ!」
放たれたのは、空間の摩擦係数を強制的に最大化し、標的の動きを完全に止める拘束魔法『B-I-N-D』の弾丸。
「ちっ……! 過去の遺物に頼る奴らが!」
カイは即座にリアの前に飛び出し、自らの指を噛み切った。鮮血で空中に激しく文字を書き殴る。
『I-N-S-U-L-A-T-E』
「——《 I・N・S・U・L・A・T・E!! 》」
リアが気力を振り絞って叫ぶ。絶縁。二人の前に展開された不可視の防壁が、敵の『拘束命令』を電気的な絶縁体のように受け流し、火花を散らして霧散させた。
4. 泥の中の猟犬
「何っ!? デバイスもなしに、なぜこれほどの優先順位で書き換えが……!」
驚愕する特殊部隊。だが、彼らが次弾を装填するよりも早く、影から一人の男が躍り出た。ボロボロの制服、泥に汚れた手。しかし、その手には一本の鉄パイプが握られていた。
「……計算が遅いんだよ、兵隊さん」
鉄パイプが特殊部隊の銃身を叩き割る。現れたのは、かつてカイをゴミのように見下していたエリート学生――エドワードだった。彼の首元には文字が刻まれている。デバイスによる奇跡ではない。彼が自分の爪で、皮膚に血で刻み込んだ、泥臭い物理の文字。
『V-E-L-O-C-I-T-Y』
速度。
魔力による光を放たない、ただ純粋な「質量と運動速度」の強化。エドワードは肉体を激しく軋ませながら、圧倒的な体術で特殊部隊を次々と組み伏せていった。
「……エドワード?」
カイが目を見張る。エドワードは荒い息を吐きながら、鉄パイプを肩に担ぎ、不敵に歪んだ笑みをカイに向けた。
「勘違いするなよ、清掃員。僕は君を助けに来たわけじゃない。……ただ、あのシオンの『おままごと』も、旧政府の『奴隷の檻』も、僕のプライドが許さないだけだ」
泥にまみれ、美声を失ったかつての天才が、カイたちの戦列に加わった。世界が崩壊へと加速する中、理不尽な運命に抗う「バグたち」の反撃の火蓋が切って落とされる。




