表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『文字』が絶滅した世界で、地下の清掃員だけが古代の数式を読める件 〜エリート歌姫の暴走魔法を口笛一吹きで上書きしたら、なぜか聖女候補に執着されるようになりました〜  作者: GenerativeWorks
第1楽章:不協和音のプロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第1話:【歌姫(ディーヴァ)の失墜と、地下の調律師】

1. 聖なる歌の祭典


都市の中央にそびえ立つ白亜の塔『グラド』。

その大広場には、数万人の聴衆が押し寄せていた。


今日は、聖詠学院の卒業記念祭。

選ばれたエリート——【聖詠士】候補たちが、その歌声で奇跡を披露する、都市最大のイベントだ。


「……ふぅ。大丈夫、落ち着いて、私」


舞台裏で、リアは自身の喉に埋め込まれた純白のデバイス『オーパス・セブン』をそっと撫でた。

彼女はこの街で知らぬ者のいない才女だ。

その歌声は「神の数式を最も美しく増幅させる」と称えられ、次期マエストロの最有力候補。


「さあ、歌姫リア。聴衆に『光』を見せてあげなさい」


学長の合図と共に、彼女は光あふれるステージへと踏み出した。

割れんばかりの拍手。


彼女が一つ息を吸うだけで、広場の空気がぴりりと緊張に震える。


リアが唇を開いた。

流れてきたのは、世界を清浄な光で満たすための聖歌『ルクス・エテルナ』。


「——《 L = ф R...》」


喉のデバイスが青白く発光し、彼女の歌声を「光を産むための数式」へとリアルタイムで変換していく。

本来なら、彼女の頭上には美しい光の粒子が舞い、暗い空を昼間のように照らし出すはずだった。


しかし。


「え……?」


リアの歌声が、奇妙に歪んだ。

美しいはずのメロディに、ガリッという砂を噛むようなノイズが混じる。

空中に現れたのは、温かな光ではない。

黒い、どろりとした影の塊だった。


『グリッチ(空間バグ)だ!』

『おい、詠唱が暴走しているぞ! 逃げろ!』


悲鳴が上がる。

リアの歌に呼応して、黒い影は巨大な刃となり、周囲の石畳を無差別に削り取り始めた。

デバイスの補完機能が狂っている。

いや、この場所の「基底数式」そのものが、何者かに汚染されているのだ。


「止まって……お願い、止まって!」


必死に歌い直そうとするリア。

だが、焦れば焦るほど音程ピッチが狂い、暴力的なまでの破壊エネルギーが広場を埋め尽くしていく。


逃げ遅れた聴衆に、漆黒の刃が振り下ろされようとした、その時。


——どこからか、場違いなほど「やる気のない音」が響いた。


それは、口笛だった。




2. 世界を書き換える「音」


「ったく……上の連中は何やってんだか。出力計算もまともにできないのかよ」


広場の隅。

ゴミ箱の影に隠れて作業をしていた作業着の少年——カイは、面倒くさそうに頭を掻いた。

彼の目には、リアの周囲で暴れ回る「黒い刃」が、壊れた楽譜の羅列に見えていた。


「変数 $A$ にゴミが入ってるな。その定数、古代文字で言えば『火』じゃなくて『砂』だぞ、お嬢さん」


カイは立ち上がり、ポケットから古びたコインを取り出す。

彼はそれを指先で弾き飛ばすと同時に、短く、鋭い口笛を放った。


——ピィッ!


その瞬間、リアの絶叫に近い歌声を、カイの細い音が「貫いた」。

 

リアは目撃した。

自分の暴走した魔力が、カイの口笛が触れた箇所から、まるで「不純物が消える」ように澄み渡っていく光景を。

 

カイの脳内では、一瞬にして数万行のコードが書き換えられていた。

文字を知る彼にとって、リアが必死に歌っている聖歌は「誤字脱字だらけの欠陥プログラム」に過ぎない。

 

彼は、その文字列の中から一つ、特定の意味を抽出して「叫んだ」。


「——固定(FREEZE)ッ!」


それは歌ですらなかった。

意味を直接叩きつけるような、濁りのない「言葉」。

 

刹那。

広場を埋め尽くしていた漆黒の刃が、クリスタルのような透明な氷へと変化し、砕け散った。

暴走していた大気が一瞬で静まり返り、広場には不自然なほどの静寂が訪れる。


「……え?」


膝をついたリアは、呆然と目の前の光景を見つめていた。

自分の全力の詠唱を、たった一音で上書きした者がいる。

 

砂塵の向こう。

そこには、薄汚れた作業着を着て、欠伸をしながら立ち去ろうとする少年の背中があった。


「待って……! あなた、今の……」


リアの声に、カイは振り返りもせず、片手を上げてひらひらと振った。


「あー、気にすんな。清掃員の仕事の範囲内だ。……あと、お嬢さん。そのデバイス、もう捨てたほうがいい。お前の声の『良さ』を殺してるぞ」


「え……?」


カイの姿は、そのまま路地裏の闇へと消えていった。




3. 沈黙の後の波紋


祭典は中止となった。

リアは学院の特別室で、一人震えていた。

 

彼女の手に残っているのは、カイが弾き飛ばしたあのコインだ。

よく見ると、そこには奇妙な「傷」が刻まれていた。

いや、傷ではない。それは現代では失われたはずの幾何学記号。


『S-A-V-E』


「セーブ……? ううん、これは……『文字』?」


彼女は思い出す。

少年の発した、あの「歌」ではない音。

デバイスを通さず、理屈を超えて世界をねじ伏せた、あの圧倒的な『真理(数式)』。


「私……あの人に、会わなきゃ」


それは、エリート歌姫としてのプライドではなく。

ただ、一人の表現者として、自分よりも遥かに高く、深い「世界の音」を知ってしまった者の本能だった。


一方その頃。

地下五百メートルの自室に戻ったカイは、カップ麺の蓋を開けていた。


「……ちっ、余計なことしたな。目立ちたくねーんだけど」


彼は壁に貼られた、ボロボロの楽譜を見上げる。

そこには、文字と数式が複雑に絡み合った、誰にも理解できない「神のソースコード」が記されていた。


これが、文字を失った世界で、口笛を吹く少年と、声を失いかけた歌姫が交差した、運命の第1話だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ