第15話:【旋律の処刑場と、指揮者のタクト】
1. 鳴り止まない不協和音
聖詠学院の中央ホール。
本来は聖歌を披露するための大舞台が、今日は「決闘場」と化していた。
学年首席のエドワードが、集団詠唱の精鋭十数人を引き連れ、対面するカイとリアを睨みつける。
「清掃員風情が、学院の魔法学を愚弄した罪は重い。セシル教授の推薦など関係ない……実力でその傲慢な口を閉じさせてやる!」
周囲を埋め尽くす生徒たちの野次が飛ぶ。
「デバイスもない『無能者』の女と、掃除屋の二人組かよ」
「エドワード様の『聖なる雷鳴(ボルト・合唱)』で消し炭にしてやれ!」
カイはそんな喧騒のなか、耳栓をするように耳を小指で掻いた。
「(リア。準備はいいか。……お前の喉、俺の演算に合わせて『共鳴』させろ。歌う必要はない。ただの『波』になれ)」
「(ええ……あなたのタクトに、すべてを預けるわ)」
2. 数式の暴力 vs 真理の静寂
「始めッ!!」
審判の合図とともに、エドワードたちの集団詠唱が爆発した。
十数人の最新デバイスが同期し、巨大な魔力の渦を形成する。
それは物理的な雷雲をホール内に呼び寄せ、何万ボルトもの電撃をカイたちへ叩きつける広域殲滅魔法だ。
「消え失せろ! 《 葬送の雷鳴 》!!」
轟音とともに放たれた電撃の奔流。
だが、カイは動かない。
彼はリアの肩に手を置き、彼女の背骨を通じて、脳内で解析した雷鳴の「逆位相」を文字として送り込んだ。
『C-A-N-C-E-L』
カイの指がリアの背中で跳ねる。
リアは口を半開きにし、声にならない「超低周波」を放出した。
――ズ、ン……。
内臓を揺さぶるような重低音が一度だけ響いた。
次の瞬間、ホールを埋め尽くそうとしていた雷電が、まるで見えない消しゴムで消されたかのように、その場から「消失」した。
3. フーリエ変換の死神
「な……ッ!? 魔法が……消えた!? 霧散したのではない、打ち消されただと!?」
絶叫するエドワード。
カイは平然と、ホールの空中に指で数式をなぞった。
「さっきも言っただろ。どんな複雑な魔法も、周波数の塊だ。……お前らが十人がかりで重ねた和音も、この一本の『打ち消し波』で、ただのゼロになる。……これがフーリエ変換による音響相殺だ」
「バカな……そんな一瞬で、我々の魔法の全周波数を解析したというのか!? 人間の処理能力を超えている!!」
「人間じゃなきゃできないんだよ。……文字という『理』を知っていればな」
カイは、追い打ちをかけるようにリアへ次の文字を伝達した。
『E-C-H-O』
リアが小さく息を吸い込む。
彼女が放ったのは、エドワードたちが放った雷鳴のエネルギーをそのまま「音波の鏡」で跳ね返した、純粋な反響。
「——っ!!」
ドォォォォォォン!!
自分たちが放ったはずの魔力が、倍の密度となってエドワードたちを襲う。
最新デバイス『オーパス・ナイン』が過負荷で一斉にショートし、首席候補たちは一言の詠唱も残せず、舞台の上で折り重なって沈黙した。
4. 支配の終わり
静まり返るホール。
野次を飛ばしていた生徒たちは、もはや言葉を失い、ただ震えていた。
舞台の中央、掃除用具を抱えた少年の隣で、声を持たないはずの少女が、誰よりも美しく、誰よりも残酷な「勝利の静寂」を纏って立っていた。
「……掃除、終わりだ」
カイは一瞥もくれず、舞台を降りた。
その光景を、特等席から見ていたセシル教授は、自らの眼鏡が曇るほどの興奮に浸っていた。
だが、その背後に立つ影――シオンが送り込んだ『ディソナンス』の工作員が、通信機を耳に当てる。
「……確認しました。個体名『カイ』、および『リア』。……彼らの技術は、既存のOSを根本から破壊するものです。……プランBに移行します。学院全体を、不協和音で包囲してください」
勝利の余韻も束の間。
聖詠学院という巨大な実験場を舞台に、世界の崩壊を象徴する「逆位相の雨」が降り始めようとしていた。




