第16話:【世界(OS)のソースコード】
1. 教室という名のデバッグルーム
エドワードら首席候補生たちを「一音」で沈黙させた翌日。
聖詠学院の空気は一変していた。
カイはセシルの助手として、教壇に立たされていた。
目の前には、恐怖と好奇心が入り混じった表情の学生たちが、筆記用具を握りしめて座っている。
「……さて。昨日、お前らが信じている『魔法』が、ただの逆位相で消えるゴミだと証明されたわけだが」
カイの言葉に、最前列で包帯を巻いたエドワードが屈辱に顔を歪める。
「……昨日のあれは、何らかの小細工だ! デバイスもなしに、現象を制御できるはずがない!」
「小細工? ……なら、見せてやるよ。あんたらが『精霊の恵み』とか呼んでる現象の、本当の姿をな」
2. 元素と周波数のリンク
カイは黒板に、チョークを走らせた。
描かれたのは、五線譜ではなく、複雑な『周期表』と、それに対応する『固有振動数(周波数)』のリストだ。
「例えば『水』を出したいとき、お前らは『清らかなる雫よ、集え』なんて歌う。だが、世界という演算機にとって、その歌詞は何の意味も持たない。……必要なのは、H2Oという分子構造を維持するための『周波数の指定』だけだ」
カイはリアを教壇に呼び寄せ、彼女の喉元に手を置いた。
「(リア、水素(H)と酸素(O)の結合係数を……俺の叩くリズムで刻め)」
「(……やってみるわ)」
カイが教卓を指先でトントンと叩く。
不規則に見えて、それは物質の分子結合を定義する厳密な定数に基づいたリズム。
リアがそれに合わせて、微かな「ハミング」を漏らす。
パシャッ!
何もない空間から、透明な水球が出現し、教卓の上にこぼれた。
デバイスの光も、長い詠唱もない。
ただの「音」と「リズム」によって、無から有が生成された。
3. フーリエ変換による現実の解体
「な……!? 詠唱なしで、事象を固定しただと!?」
セシル教授さえも、身を乗り出して黒板の数式を凝視する。
「いいか。この世界にあるすべての物質には、固有の『文字(ID)』が割り振られている。それをフーリエ変換で分解すれば、どの波形を強めれば燃え、どの波形を弱めれば凍るのか、すべてが数値でわかる。……魔法は奇跡じゃない。ただの『周波数変調(FM)』だ」
カイは黒板に、巨大な三文字を書き殴った。
『C-O-D-E』
「お前らが『聖歌』と呼んでいるのは、先人が作った完成品のプログラムだ。中身も知らずに実行ボタンを押しているだけ。……だが、文字を知る俺は、そのソースコードを直接書き換える。……だから、俺の前で魔法は成立しない。俺が『無効』と呟くだけでな」
4. 訪れる静寂の恐怖
学生たちは、自分たちが学んできた「音楽魔法」という体系が、巨大なコンピューター上のアプリの一つに過ぎなかったことを突きつけられ、戦慄していた。
その時、教室内を異様な低温が襲った。
窓ガラスがパキパキと凍りつき、学生たちの吐息が白くなる。
「……ほう。面白い講義だ。だが、その理屈で、この『絶対零度』も解体できるかな?」
教室の扉が、音もなく開いた。
そこに立っていたのは、全身から冷気を放つ一人の男。
シオンの放った刺客にして、ディソナンスの実行部隊——『氷結のコンポーザー』。
「カイ。君の講義は終わりだ。……ここからは、文字を知らぬ者たちに、本物の『絶望の旋律』を聴かせてやる」
カイは冷徹な目で刺客を見据え、リアを自分の背後へと引き寄せた。
「……授業の続きだ。第18章——『相転移と減速のリズム』。実習の時間だぞ、エリート様たち」




