第13話:【傲慢な旋律、静かなる共鳴】
1. エリートの特権
「『ノイズ』が酷いだと? 下層民の分際で、音楽を語るか」
エドワードの喉元のデバイス『オーパス・ナイン』が、不気味な青白い光を放つ。
彼が軽く喉を鳴らすだけで、周囲の空気が重く、威圧的な和音に支配された。
それは、聴く者の精神を強制的に平伏させる、学院秘伝の『服従のポリフォニー』だ。
「おい、やりすぎだぞエドワード。相手はただの掃除夫だ」
取り巻きの一人が苦笑するが、エドワードは止まらない。
「掃除夫なら掃除夫らしく、地を這わせてやればいい。……跪け(ニーダウン)!」
エドワードが放った指向性音波が、カイの膝を砕かんと襲いかかる。
だが、カイは一歩も動かなかった。
2. 生声の「上書き」
「……あくびが出るな。その音、第3倍音がフラットしてるぞ」
カイはモップを肩に担いだまま、小さく「フッ」と息を吐いた。
それは歌ですらない、ただの吐息。
しかし、その瞬間。
エドワードが展開していた威圧的な和音が、まるで見えない壁にぶつかったかのように霧散した。
「なっ……!? 私の詠唱を打ち消しただと?」
「打ち消してない。お前の出した汚い数式の『変数』を、俺の声で埋めてやっただけだ」
カイは懐から一本の音叉を取り出し、それを軽く叩いた。
キィィィィン……という、どこまでも純粋で鋭い音。
カイはその音に合わせ、喉のデバイスを通さない「生の声」で、一つの文字を呟いた。
『N-U-L-L』
無。
それはあらゆる数式をゼロに帰す、プログラミングにおけるリセット命令。
カイの生身の喉が震え、音叉の音を媒介にして、エドワードの『オーパス・ナイン』に干渉する。
「が、はっ……!? 音が……音が出ない!」
エドワードがいくら喉を震わせても、最新デバイスからは不快な電子ノイズしか溢れない。
カイの放った文字(数式)が、デバイスの演算ロジックを一時的にフリーズさせたのだ。
3. 沈黙の衝撃
廊下を通りかかっていた学生たちが、足を止めてこの光景を凝視していた。
学院最高のデバイスを持つエリートが、名もなき清掃員の「一言」に封じ込められた。
それは、彼らの常識ではありえない「魔法のバグ」だった。
「(……凄い。デバイスに頼らず、音そのものの構造を書き換えてる……!)」
背後で見守るリアは、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
これがカイの真髄。
世界を形作る「数式」を直接弄ぶ者の力だ。
「……最新のデバイスが泣いてるぞ。中のプログラムがゴミ(ジャンク)だらけだ。もう少し『文字』の勉強をした方がいいんじゃないか?」
カイは冷たく言い放つと、呆然と立ち尽くすエドワードを無視して、再びモップを動かし始めた。
4. 招かれざる「注目」
「……面白いものを見たわ」
野次馬の中から、一人の女性が歩み寄ってきた。
漆黒のローブを纏い、知的な眼鏡をかけたその女性――学院の異端児と呼ばれる魔法学教授、セシルだ。
彼女は、カイがモップを動かす手元を、獲物を見つけた猛獣のような目で見つめていた。
「今の……デバイスを通さない生体干渉。理論上はありえないはずだけど、あなたの喉、少し詳しく見せてもらえないかしら?」
「……勘弁してくれ。俺はただの掃除屋だ」
カイは視線を逸らしたが、内心では舌打ちしていた。
目立つなと言った矢先に、最も厄介な「知識欲の塊」に捕まってしまった。
「カデンツァの内部回廊を知りたければ、私の講義に来なさい。……その『文字』の正体、そこでならじっくり話し合えそうだしね」
セシルは不敵な笑みを浮かべ、リアの方をちらりと見た。
「……そちらの『声の出ない』お嬢さんも一緒にね」
潜入ミッションは、予想外の方向へと加速し始める。
聖詠学院という名の知の殿堂で、カイたちの「魔法理論の深掘り」が始まろうとしていた。




