第12話:【学園への帰還と、清掃員の再雇用】
1. 灯台下暗し
中央制御塔『カデンツァ』。
その周囲は、政府直属の軍隊『調律師団』によって鉄壁の包囲網が敷かれていた。
路地裏でタブレットを操作していたカイは、苦々しく舌打ちする。
「……正面突破は自殺志願者だな。どの入口も、生体認証と『個人特有の周波数(声紋)』が一致しなきゃ、一歩入った瞬間に焼き切られる」
「……私の声紋なら、以前はパスできたけれど。今はもう……」
リアが自分の喉に触れる。
壊れたデバイスが冷たい。
だが、カイは不敵に笑い、地図の一箇所を指差した。
「一つだけ、この鉄壁のセキュリティをスルーして、カデンツァの内部回廊に直結している場所がある。……『聖詠学院』の地下だ」
聖詠学院。
リアが数日前まで頂点に君臨していた学び舎。
そこは優秀な歌姫を『カデンツァ』へ供給するための訓練施設であり、物理的にも論理的にも、塔のシステムと深く繋がっている。
2. 偽装と変装
翌朝。
聖詠学院の裏門に、二人の人物が立っていた。
一人は、猫背で無愛想な、どこにでもいそうな清掃員の少年。
そしてもう一人は、大きな眼鏡をかけ、顔の半分をマスクで覆った、地味な作業員姿の少女。
「……本当にこれでバレないかしら」
「清掃員なんて誰も見ちゃいないさ。ましてや、行方不明の『光り輝く歌姫』が、モップを持って廊下を掃除してるなんて誰も思わない」
カイは偽造したIDカードをゲートにかざす。
文字をハッキングして「臨時の清掃業者」として登録したデータだ。
システムは何の疑いもなく、二人を『学院』という名の鳥籠へと迎え入れた。
3. 変わらぬ風景、変わった「音」
校内に入ると、至る所から美しい歌声が聞こえてくる。
発声練習、魔力変換の授業、優雅な合唱。
数日前までリアが当然だと思っていた日常が、そこにはあった。
だが、今のリアの耳には、そのすべてが「脆い虚構」に聞こえた。
音を整えるためのデバイスが奏でる強制的な和音。
その裏側で、世界の基底音(OS)が苦しげに軋む「悲鳴」が、カイの教えのおかげで聞き取れてしまう。
「(……みんな、気づいていないのね。この音楽が、もうすぐ終わってしまうことに)」
「(いいか、リア。俺たちの目的は、学院の最深部にある『理論アーカイブ』からカデンツァの最新コードを盗み出すことだ。目立つなよ、絶対にだ)」
カイが念を押した、その時。
4. エリートとの接触
「——おい、そこの不潔な清掃員共。止まれ」
背後から、傲慢な響きを含んだ声が投げかけられた。
振り返ると、そこには金糸の刺繍が施された特注の制服を着た青年が、数人の取り巻きを引き連れて立っていた。
聖詠学院の現・首席候補、エドワードだ。
「ここはエリートが集う学び舎だ。汚れた雑巾を持って歩くなら、床ではなく自分たちの顔を拭いたらどうだ?」
取り巻きたちがどっと沸く。
リアの肩が微かに震えた。
怒りではなく、あまりの低次元な「ノイズ」に対する困惑だ。
カイは感情を消した目で、エドワードの喉元にある最新型デバイス『オーパス・ナイン』を見つめた。
「……悪いな。この場所の『ノイズ』が酷すぎるもんで、掃除しに来たんだよ」
「……何だと?」
エドワードの眉が跳ね上がる。
一触即発の空気。
カイの指先が、ポケットの中で文字をなぞり始める。
潜入早々、絶滅したはずの『文字』を操る清掃員と、最新デバイスに守られたエリート学生たちの、プライドを懸けた「音楽対決」の幕が上がろうとしていた。




