第46話 祖国にて7(別視点)
「あの女は、まだ見つからないのか!」
「申し訳ございません、オズベルト殿下……」
神殿の廊下に響くオズベルトの怒声など意に介した様子なく、神官長フォルシルは深く頭を下げた。
老婆になったキアラが行方不明になってから、十日が経とうとしていたが、未だに見つかっていない。
謝罪を口にし、静かに頭を下げる黒髪の男――フォルシルを見下ろしながら、憎々しげに奥歯を噛みしめる。
「まさか、お前が匿っている……などということはないだろうな?」
「滅相もございません。神殿は王家に忠誠を誓っております。お疑いになるのなら、もう一度神殿内を調べていただいても……」
「……もうよい」
神殿の地図を頭の中で広げ、オズベルトはげんなりした表情で、拒絶の言葉を吐き出した。
若くして、神殿の長に上り詰めたのが目の前の男。
年齢的にはオズベルトと同じぐらいのようだが、性格は正反対。王家の命令には大人しく従い、野心の片鱗も見せないのだ。
クロラヴィア王家にとっては好都合であるが、オズベルト個人は、言いなりになっているフォルシルの態度に頼りなさを感じていた。
そのとき、フォルシルの青い瞳が、オズベルトの肩越しを見た。ほぼ同時に、四人の女性たちが現れる。
女性たちの中でひときわ美しい女性を目にした瞬間、オズベルトは怒りを忘れ、喜びに胸を沸き立たせた。
「リリック!」
リリックと呼ばれた金髪の女性は、少し垂れた瞳を細めると、オズベルトの前に跪いた。彼女に習い、他の三人も、跪いて頭を深く下げる。
「オズベルト殿下、ご機嫌麗しく」
「そんな他人行儀な挨拶はやめてくれ、リリック。私は君の婚約者だろう?」
そう言うと、姉とよく似ていながらも、少し柔らかな雰囲気を纏うリリックに微笑みながら、オズベルトはリリックの手をとり、立ち上がらせた。
リリックを含めた四人の女性たちは、新たに聖女となった者たちだ。
キアラを含めた聖女たちが老婆となり、供儀を続けられなくなったため、こうして新たな聖女たちを迎え入れたのだ。
キアラを含めた前聖女たちは、供儀を怠ったせいで守護獣シィの怒りを買ったという理由で解任されたと発表されている。
「リリック、これから供儀か?」
「はい。初めてなので緊張しておりますが、微力ながら守護獣シィ様のお力になれるよう尽力いたします」
「君ならシィ様もすぐにお気に召す。せっかくだ、供儀の間まで一緒に行こう」
「ありがとうございます、オズベルト様」
お礼を言うリリックの手を引き、オズベルトは供儀の間へと歩き出した。彼らの後ろを、他の聖女とフォルシルがついていく。
長い廊下の突き当たりに、供儀の間が見えた。供儀の準備のため、入り口で待機していた神官たちが、オズベルトたちを見て頭を下げた。
「では行って参ります」
「ああ、また後で。リリック」
聖女に選ばれた誇りを満面の笑顔で表す婚約者に、同じく笑顔で返し、オズベルトは手を離した。
リリックたち聖女の姿が、薄暗い供儀の間に吸い込まれていき、分厚い扉が閉じられた。
先ほどまで笑顔を浮かべていたオズベルトの表情が一転、供儀の間の扉を睨み付けながら、後ろにいるフォルシルに低い声で問う。
「……大丈夫なのだろうな? もしリリックまで老婆になれば、今度こそお前の責任を問う必要があるぞ」
「ご安心ください、オズベルト殿下。キアラ様たちに老化現象が現れたのは、セレスティアル様がいなくなったことで、一人にかかる負担が大きくなったためでしょうから」
「あの偽物を私が追放したからだと言いたいのか?」
「そういうわけではございません。そもそも、キアラ様たちがご自身の体調不良を伝えてくださっていれば、あのような最悪な事態は避けられたのです」
恨めしそうに問うオズベルトに、フォルシルは慌てて首を横に振ると、あまり血色がよいとは言えない唇に笑みを浮かべながら、細めた青い瞳をオズベルトに向ける。
「クロラヴィア国王陛下には感謝しております。王家に伝わる貴重な記録を神殿に公開してくださったお陰で、対処法が分かったのですから」
フォルシルの発言を聞き、オズベルトは小さく鼻を鳴らした。
貴重な記録とは、父が持ち出してきた、クロラヴィア王家の血筋に関わる記録のことだ。
聖女は当時の国王や王太子の婚約者であったため、それらの記録は同時に聖女たちの歴史でもあった。
一番古い内容は今から四百年前のもの。
とある男爵令嬢が聖女となって国に貢献し、当時の王太子の婚約者になったいきさつが書かれていた。
当初一人だった聖女の人数はその後少しずつ数を増やし、現在の四人になっている。
恐らく、数が増えたタイミングで、キアラたちのような事態が起こったのだろうと推測できた。
記録を読んだとき、オズベルトの中で真っ先に湧き上がったのは、嫌悪感だった。
(誇り高きクロラヴィア王家に、男爵などという下位貴族の血が流れているなど……気持ちが悪い)
自分の立場で例えるなら、セレスティアルがオズベルトと結婚するようなもの。オズベルトにとって、下位貴族も平民もさほど変わりはなかった。
セレスティアルの冴えない顔が過った瞬間、とある一つの事実が脳裏を掠めた。
キアラたちが聖女となる前、あの偽物が一人で供儀を行っていた事実を――
(何故あの偽聖女は、たった一人で供儀を行えた? 疲れるだけで、何故老化にまで至らなかった?)
逆を言うなら、キアラたちが聖女になった後も、セレスティアルは供儀の後、疲れ続けていた。
もしセレスティアルが偽聖女だったなら、真っ先に影響が出ていたのは、キアラたち、本物の聖女のはず――
背筋に寒気が走った。
何か、自分が見落としているような気になった。
何かが――
そのとき、供儀の間から何かが倒れる音がした。
「リリックっ!!」
オズベルトは弾かれたように供儀の間の扉に手をかけると、中に飛び込んでいた。
そこには、冷たい床に体を投げ出し、仰向けで倒れているリリックたちの姿があった。




