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虚弱体質で偽聖女だと追放された私は、隣国でモフモフ守護獣様の白き聖女になりました  作者: ・めぐめぐ・@『このたた』コミカライズ連載中


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第45話 虚弱聖女と恋

 恋――


 言葉として聞いたことはある。

 だけど、


「……違い、ます、絶対に違いますっ!!」


 肺から喉にかけて詰まった何かを吐き出すように、私は叫んでいた。


 再び涙がこぼれ落ちる。

 しかし拭うことはせず、システィーナ様にしがみつく。


「だって……だって、恋はっ! もっと……もっと綺麗で……美しいものだって……本にはっ!」


 ネルロ様が貸してくださった本で繰り広げていた『恋』は、どれも私の心を沸き立たせてくれる素敵なものばかりだった。


 恋をした主人公たちは誰一人、私のように恋い慕う相手の幸せを嫉妬してなどいなかったのだから。


 肩を震わせて泣く私の上に、ひときわ大きなため息と、


「うむぅ……あやつが心配していた理由がようやく理解できたのう……これは一苦労じゃ……」


 と呆れたようなシスティーナ様の声が降ってきた。


 私の頬にシスティーナ様が触れたかと思うと、突然白い何かで視界が覆われた。


 それは優しく、私の目元や頬――涙で濡れた部分に触れていく。


 システィーナ様が、私の涙をご自身のハンカチで拭いてくれていた。


「ほれ、泣くな泣くな、セレスティアル。女の涙は、ここぞというときにとっておくもんじゃぞ?」

「うっ、ううっ……で、でも……でもぉ……」


 さらに言葉を重ねようとした私の口は、くしゃくしゃっと半ば強引に顔全体を拭かれたことで塞がれてしまった。


 システィーナ様にハンカチを押しつけられ、私は反射的に受け取る。目元を拭きながら前を見ると、システィーナ様は両手を腰において私を見下ろしていた。


 呆れながら肩を落としているけれど、その瞳はどこか優しい。

 フェンレア王国の女王ではなく、一人の女性として私を見つめている気がした。


 星の光を宿した瞳が細められる。


「そうじゃのぅ……お主が読んだ本のように、美しい恋もあるじゃろう。じゃが泥臭くて、歪んでいて、醜い恋だってたくさんある」

「レイ様の幸せを願えないのは私の心が醜いわけじゃない……んですか?」

「もちろんじゃ。その程度で心が醜いなんぞ言われたら、この世界の人間はほとんど心が醜いってなるぞ? もちろんレイ王もな」

「レイ様は私のように、好きな人の幸せを願えない心の狭い方ではありません!」


 レイ様を悪く言われたように感じた私は咄嗟に否定したけれど、システィーナ様は何故か眉根をぎゅっと真ん中に寄せ、渋い顔をされていた。


 だけどすぐに表情を緩め、開いた唇から優しい言葉を奏でた。


「レイ王はお主にとって、初恋の相手なんじゃな」


 初恋――


 キュッと胸が締め付けられた次にやって来たのは、体温の上昇。

 最後にやってきたのは、言葉に言い表せないほどの羞恥。


 レイ様への想いが恋だというのなら、確かに初恋になるのだろう。


 だけど認めたくない。


 私は平民。

 それを理由に、王太子であるオズベルト様にも疎まれていたのに。


 レイ様は誰にもお優しいから、私との距離も近い。だけど本来は、オズベルト様やキアラたち貴族令嬢たちの反応が普通なのだ。


 私を助け、居場所をくださったレイ様の純粋な優しさに対し、恋などというに不埒な感情を抱くなんて……

 

 考えれば考えるほど、悲しくなっていく。

 沈んでいく気持ちが、心が、嫌というほど突きつけてくる。


 私がレイ様に対し、分不相応な好意を抱いている現実を――

 認めたくないと思いながらも、認めている自分がいる事実を――


「苦しいのぅ、セレスティアル。じゃが、お主の悩みを一瞬で解決する方法があるぞ?」


 不意にかけられた声の冷たさに、今まで頭の中をグルグル回っていた思考がピタリと止まった。


 声の主はもちろん、システィーナ様だ。

 しかし先ほどの優しさは消えていた。口角が僅かに上がっているけれど、人間らしい温もりは感じ取れない。


「お主は聖女じゃ。ルミテリス王国の命運はお主にかかっておる。ならばレイ王にこう言えば良い。『守護獣にこれから先も力を与え続けて欲しくは、自分のものになれ』と」


 衝撃的過ぎて言葉が出なかった。

 だけど頭の中は、システィーナ様の言葉を淡々と処理していき、完全に理解したときには、怒りが感情を支配していた。


 心の中を怒りで燃やす私の前で、システィーナ様が意地悪く笑う。美しくも冷たい表情が、私の顔に近づく。


 吐き出された言葉が、生暖かい風となって私の耳たぶに触れる。


「理解せよ。わしら聖女は、この世界で最も尊ばれるべき存在であると。お主が願えば、叶わぬものなどない」

「そ、そんなことでレイ様が傍にいてくださっても、私は嬉しくも何ともないですっ!! 馬鹿にしないでくださいっ!!」


 怒りにまかせて、私はシスティーナ様を突き飛ばしてしまった。しかしあまり手応えはなかった。どうやら私が突き飛ばしたと同時に、システィーナ様が後退したようだ。


 頭の中が熱い。

 心臓から指先まで、激しく血が巡っているのが分かる。


 まるで全力で走ったときのように、呼吸だって浅い。


 だけど私は、システィーナ様を視界に捉えたまま動かなかった。


 しかし、


「ぷっ、ふ、ははははっ!!」


 システィーナ様が突然大笑いをし出したことで、私の中で渦巻いていた激しい怒りが霧散した。


 呆気にとられている私に、システィーナ様の軽やかな声が響く。


「お主、怒れるではないか」

「あっ……」


 私、他国の女王様を突き飛ばして――


 今になって、自分のしでかしたことを理解し、全身から血の気が引いた。


 しかし私が謝罪を述べる前に、システィーナ様が動く方が早かった。


 音もなくたおやかに、私の前へと跪いた。緑色の艶やかな髪が一房、肩から流れ落ちる。


「試すとはいえ、お主を侮辱する発言をしたこと、どうか許して貰いたい」

「し、システィーナ様っ! お立ちください!」


 慌てて私はシスティーナ様と視線を同じにし、立って貰おうと手を伸ばした。


 だけど伸ばした手は、目的を果たせなかった。システィーナ様の両手が差しのばした私の手をスルリと抜け、頬を包み込んだからだ。


「安心せよ、セレスティアル。お主の恋は眩しいくらいに綺麗じゃ。でなければ聖女という立場をとっくの昔に利用し、レイ王に決断を迫っておるじゃろ?」

「そ、そんなの、私が特別というわけでは……」

「力を持てば人は簡単に変わる。そんな人間たちの末路と比べれば、お主が抱く嫉妬なんぞ可愛いものじゃて」


 システィーナ様が、いつものように豪快に笑った。

 

「……いいんでしょうか。私なんかがレイ様に恋をしても……」


 それを見て、思わず本音が口を衝く。

 しかし次の瞬間、私の両頬を包み込んでいたシスティーナ様の手にギュッと力がこもった。


 頬の肉が中央に寄せられ、おかしな顔にされてしまう。


「!?」

「いいも何も人の心は自由。お主が誰を想ったところで、文句を言われる筋合いなどないわ」


 そう言ってシスティーナ様は、一押しとばかりに私の両頬を押さえると、カラカラと笑いながら手を離した。


 レイ様に恋をしてもいい。

 その言葉に、再び目頭が熱くなった。みるみるうちに視界がぼやけ、瞬きとともに頬を涙が伝っていく。


 だけどシスティーナ様は、泣くなとは言わなかった。代わりに、地面に膝をついたまま私の顔を覗き込むと、得意げに笑った。


「ふふっ、気分が良い。せっかくじゃから特別にお主のこれからを占ってやろう」

「占い……ですか?」

「わしの占いは良く当たると評判でな。ほれ、四の五の言わず、さっさと目を閉じよ!」


 私の返答からどこか疑いを感じ取られてしまったのか、システィーナ様は半ば強引に私の両目を手で塞いでしまった。


 私が大人しく目を閉じたのを感じたのか、システィーナ様の手の温もりが離れた。でも私の顔の前に、システィーナ様の手がかざされている気配がする。


 やがて、うーむ……と深いうなり声が聞こえてきた。


「ふむ、なるほどな……」


 やがて納得したような声が聞こえてきたかと思うと、私の前でかざされていた手の気配が消え、朗々とした声が鼓膜を震わせた。 


「今から心の中で十秒数えよ。そして目を開き、初めて見た人物が、お主の未来に深く関わってくると出ておる」

「私の未来に……関わる? た、例えば……?」

「それを知ってしまっては、面白くないじゃろ」


 それは占いというのだろうか。


 だけど間髪入れずに返答されたシスティーナ様がとても楽しそうだったので、戸惑いは瞬く間に期待へと変わった。


 心の中で数を数え始める。

 いよいよ、心で読み上げた数が十に辿り着く。


 閉じた瞳が初めて映す人物は、一体誰だろう。


 もしそれが――


 両手を下ろし、私は両目を薄く開けた。


 焦点が合わない景色の先に見えたのは


 ――白。


 そして、


「あれ? セレ――……キャンッ!」


 聞き慣れた少年声が聞こえたかと思った瞬間、甲高い悲鳴が鼓膜を突き刺した。


「ラメンテ!?」


 慌てて双眸を開き、前を見る。


 だけどそこにいたのは、ラメンテではなかった。


 夜風に揺れる赤い髪。

 私を見下ろす、力強さに満ちた赤い瞳。


 形のよい唇が、私の名を叫ぶ。


「セレスティアル!」


 私の元へと駆けてくるレイ様の姿が――私の初恋の相手が、目の前にあった。

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