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ジグは魔術の匂いが分かる。
これはこの大陸で戦う上で明確な利点であるとともに、避けては通れない生命線でもある。
防御障壁や魔力の通った防具が扱えない欠点は想像以上に大きく、普通の冒険者たちであれば難なく凌げる攻撃も致命傷になりかねない。いつぞや鹿に針のような毛が生えた魔獣に肩を穴だらけにされたことは記憶に新しい。
魔術を嗅ぎ取るこの能力は単なる優位性と手放しに喜べるものでは決してなく、有効活用しなければ死に直結する命綱。魔力のように使い方を選べるのではなく半ば強制されている……あると便利ではなく、ないとやっていられないが正しい。
(厄介だな)
カダツとシュカ。二人が行使している魔術を嗅いで、見たジグは素直にそう感じた。
薙刀使いのシュカはまだいい。風の魔術であることは先ほど見れたし、これまでの戦いでもマカールやザスプなどの戦闘経験もある。扱い方に差はあれど近接戦闘での脅威度が特別高い訳でもない。視認しづらいのと掠めただけで出血を伴う深手を負うくらいだ。
「炎か」
カダツの刀身を覆う炎に視線がわずかに険しくなる。
あまり経験がない魔術を用いる剣士だ。アランやウルバスなどが使っているのを見たことはあるが……斬り結んだだけで肉を焼くそれは躱しようがなく、防御術を扱えないジグにとっての天敵といって差し支えない。
刀身に炎を纏わせるアランや、超高温で刀身そのものを赤熱させたウルバスともどこか違う。
ゆらゆらとしていてどこか安定しない炎がカダツの刀身に巻き付いていた。制御が甘いと考えるのはあまりにも楽観的過ぎるだろう。
覚悟を決めたカダツの鬼気迫る顔を揺れる炎が照らしている。
目立つ刀身を少しでも隠すためだろうか。正眼に構えた刀を後ろに下げて脇構えに移行した。
「消し炭にしてくれる」
「小火にしておいてくれ」
言いながら、漂ってきた冷気と翠雷の閃きに意識を集中させる。
双刃剣を握る手に軽く力を入れて、緩める。程よい緊張と弛緩が体の好調を伝えてくれる。
向こうも佳境に入っているらしい。高まる殺意と戦意で空気が張り詰めていた。
「―――できぬ相談だ!!」
咆哮を上げたカダツが鋭く踏み込んだ。
初動の速さはジグの読みをわずかに上回った。
速度以上に体捌きが巧い。どれか一点でなく全体を磨いたが故の総合力が成しうる業。こと足運びに関してはイサナ以上だ。
「シャぁあああ!!」
機先を制したカダツの炎が尾を引き、剣閃の軌跡を宙に刻む。
逸らすのは間に合わない。右脇構えからの逆袈裟斬り上げを後ろに下がることで回避し―――
「っ!?」
確かに見切ったはずの斬撃がジグの肩口を浅く捉えていた。
痛みよりも先に熱が走り、遅れて血が吹き出す。想定外のことに痛覚よりも驚愕が勝った。
刀身が伸びている。正確には絡みついていた炎が刃となり、引き伸ばしていた。
脇構えには刀身の長さを隠す意味もある。しかしまさか、これ見よがしに炎を纏わせたのが虚であったとは。流石は長年代理決闘を繰り返してきた部族といったところか。
動きが鈍るほどの刀傷ではない。すぐに斬り返して燃える刀を重量差で押し返そうとする。
「させない」
「邪魔な……!」
そこに割り込んできたのがシュカの薙刀。
柔らかく差し込まれた薙刀は、力で分のあるジグの双刃剣を受け流して反撃を封じてみせた。
攻撃ではなく防御のために使っているらしく、不自然に反発する薙刀は双刃剣の軌道をずらして思うように力を込めさせない。
「貴様はここで始末する!」
懐に入られては分が悪いと下がるジグを追いかけ、カダツが刀を振るう。
逆袈裟に振り抜いた刀を再度、今度は反対の軌道で斬り上げる。残り火が空中に✕の字を描く。
「ち……熱っ!」
伸びた炎を双刃剣で防ごうとしたが、すり抜けた炎の先端が頬を炙った。
”散らすだけだからね。炎を斬ってもそのまま焼かれるよ”
いつだったかガントの言っていた説明が不快な声と共に脳裏を過る。
炎も風も斬れはするが、影響を受けるのは避けられない。
「我が気炎の刃、受けるがいい!!」
わずかに怯んだ隙を好機と見たのか、カダツの斬撃が激しさを増した。
軸足を中心に回転して勢いを得ると、息つく間もない三連斬り上げを繰り出す。
実態のある刀身部分を止められぬようにやや遠い間合いで振り抜かれた炎の刃。
燃え盛る炎は防ごうとする双刃剣をすり抜けてジグの胸鎧を立て続けに炙った。
「ぐ……!」
耐衝撃・防刃性能に優れている代わりに魔術耐性の低い砂塵蛇の鱗が赤く熱される。
特に弱い氷の魔術だったならば切り裂かれていたかもしれない。
胸鎧で防ぎきれなかった肩や横腹が斬られ、血と煙が上がる。
「もらったぁ!!」
カダツはこのまま押し切るべく連撃から大上段に振り上げると、とどめの一撃を振り下ろす。
渾身の魔力を込められた炎が一段と強く輝いて伸びた。火炎の一断は多少散らされようとも確実にジグの頭を焼き斬らんとする。
―――その好機を待っていた。
下がろうとする意識を前へ。大地を踏みしめる足は前進への布石。
身をかがめ、姿勢は地を這うほどに低く。
左手で地面を強く叩きつけた。起動した魔具が炸裂し、地面が割れるほどの衝撃に合わせて跳ぶ。
矢のように打ち出されたジグの体は瞬間的に間合いを詰めた。その勢いはシュカが反応できぬ程だ。
「ぬんっ!」
片腕で抱えるように突き上げられる双刃剣がカダツに迫る。
だがこのままではカダツを殺せても、彼の刀は勢いが死ぬ前にジグの頭を割る。刺し違える一手を嫌って仕切りなおす者もいるだろうが……
「相打ち上等ぉ!!」
死を目前にして、それでもカダツは退かない。
自身の死でこの危険な男を止められるのならばと、己の死を迷うことなく受け入れた。
それがジグとの差だった。
「早合点だな」
双刃剣が標的を捉える。
カダツ―――ではなく、彼が手にする刀を。
「なっ、にぃ!?」
大上段からの兜割りと下段からの突き上げが真っ向から激突した。
炎纏う赤刃と赤黒い双刃。
両者は一瞬拮抗したかに見えたが、わずかに揺らいで一気にカダツの刀身が圧し折れた。
「死ぬなら一人で死ね」
相打ちを、死を受け入れる。本来覚悟となるはずのそれは、しかし見方を変えるとある種の諦めでもある。己の命を以って敵を仕留める……そこで結果を確定する行為。
振り下ろされる刀を狙って突き穿つなど正気の沙汰ではない。
だが方法がそれしかないのなら、自身にとっての最善を求めて行動する。
それが早々に死を受け入れてしまったカダツと、生きることを最後まで諦めなかったジグとの差だ。
中ほどで折れた刀身が回転しながら飛んでいき、地面に刺さる。
秘剣を打ち破った双刃剣がカダツの喉を貫く……直前、軌道が逸らされた。
「カダツ!」
「がぁああああ!!?」
ぎりぎりで間に合ったシュカの薙刀がカダツの命を繋いだ。
風圧により逸れた双刃剣はカダツの右肩を切断したが、命には届かない。折れた刀を手放したカダツが転がり、入れ替わりにシュカが飛び込んでくる。
「貴様……!」
薙刀のリーチを活かした下段薙ぎ払いを片脚上げて回避。
返しの逆袈裟を上に弾くが、掠めた風で眉上あたりがすっぱりと斬れた。流れた血が視界の半分を赤く染める。
すかさずの斬り下ろしを先読みして踏み込むと、柄の中心で受け止める。
「っ!?」
寒気を感じたシュカが咄嗟に顎を反らす。
間髪入れずに破城槌を思わせる蹴りが通り過ぎていき、彼女の顎先を削った。まともに受ければ顎が砕かれて意識を失っていたであろう強烈な一撃にシュカが肝を冷やす。
ジグは続く踵落としで顔面を潰そうとするも、慌てて下がったシュカの鼻先を煽るに留まる。
「……いい加減」
「くっ!」
開いた距離は丁度ジグの間合いだ。
左脇に構えた双刃剣で溜めを作ると一気に踏み込んだ。
「鬱陶しいっ!!」
横薙ぎから一回転して下刃での刺突、さらに袈裟斬りからの後ろ回し蹴り。
上下双方向にある刃のみならず、体術まで活かした怒涛の連撃がシュカを襲う。
「ちっくしょ……いつまで続く!」
シュカは重く連なる攻撃を風圧と技、時に防御術を駆使して必死に凌ぐ。
武器のみでまともに打ち合えば数合と持たずに斬られていたであろう連撃に喘ぐ彼女を他所に、ジグの勢いは止まるどころか増している。魔術を組むのが追い付かない。
「おおおお!」
「まず、っ―――!」
絶え間なく続く斬撃を受け続けた風圧の一部が削がれたところに、ジグの剛剣をまともに受けた薙刀が打ち上がった。
武器ごと万歳させられたシュカの眼前に、双刃剣を振り翳したジグが死神のように迫りくる。
灰の瞳は、何の感情も見せずに淡々と敵を映し出していた。




