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低く構えた野太刀がゆっくりと弧を描いて持ち上げられていく。
大上段。野太刀の重さと長さを最も活かした構え。それが彼の選んだ己の全力であった。
乾いた空気が張り詰め、冷たさを感じる……いや、実際に冷えている。
ぱきぱきと音を立てながら氷が野太刀の刀身を覆っていき、ただでさえ大きい野太刀は大剣と見まごうばかりの氷刀と化した。両肩と胸は氷を纏い、まるで鎧のようだ。
「お前たちの居場所はもうここにないんだよ」
傍らのシャガは右手に直刀、左手には鈎爪の生えた土の籠手を纏っている。
「決めようかえ、ジィンの娘よ。かつて共に鎬を削ったタギリとうぬら……どちらが上かを」
ナガレが豪傑然と笑みを浮かべる。野太刀は冷気を放ちながらも、本人はそれに負けぬほどの烈火のような気迫を放っていた。
「抜かせ。あんたら程度、眼中にないのよ」
応じるは雷纏う白き姫。
極限まで高めた身体強化により雷光が周囲に揺蕩い、額の紋様が呼応するように光を放っている。
攻撃・防御魔術が苦手故に磨き上げた魔術の基本ともいえる身体強化は、彼女の奥の手といえるまでに昇華していた。
イサナが刀を鞘へと納め、しかし柄は握らずに手は胸の前へ置く。
それは彼女が最も得意とする必殺の一手。
構えを見たシャガとナガレが怪訝そうに眉を顰める。
「抜刀術……何の真似だ?」
抜刀術とは本来不意の襲撃や不測の事態の際にどれだけ素早く抜いて戦いへ移行できるかにあり、デコピンのようなタメを使った理論は誤りである。
納刀状態からの即応力こそが居合・抜刀の神髄であり、ただ斬るだけなら両手でしっかり振る方が速いし強い。
ではなぜイサナが抜刀術を得意としているのか。この場面で選んだのか。
「確かめてみなさい。命を懸けて」
白髪の佳人はその身で知れと、不敵に笑って見せる。
我らは武人。ならば言葉ではなくこれで語り合うべきだと、抜き身の刃のような視線が物語っていた。
「……なれば、言葉はもういらんかえ」
ナガレがそう口にすると同時、風が草木を揺らして夜闇を炎が照らした。
互いに睨み合い、足が地面を踏みしめる。
風に吹かれた葉が両者の間を通り抜け、武人たちはそれを戦いの合図と受け取った。
「おォッ!!」
先に動いたのはナガレたちだった。
大柄な体躯に見合わぬ速度で大地を蹴り、大上段で構えた氷刀を叩きつける。並みならぬ重量と膂力によりまともに受けること叶わぬ破壊の一撃。
振り下ろされる死の影へ、しかしイサナは自ら飛び込んだ。
「なッ!?」
驚いたのはナガレの方だ。あの細い刀で強化された野太刀を受けるなど、いかな名刀でも不可能。死にに行くようなものだ。
翠雷が奔る。鞘に納められた刀が震える。
イサナの左手から迸る魔力が鞘の底で瞬間的に凝縮され、一気に弾けた。密閉された空間で逃げ場のない圧力が解放される。
鞘を発射台として刀が爆発的な速度で打ち出された。
目で捉える事すら難しいはずのそれを、イサナは長年の鍛錬によって体に染みついた動きで掴み取り、眼前に迫る野太刀目掛けて全力で振り抜いた。
「―――!」
交わる刹那、残響と共に斬れ飛んでいく氷刀の切っ先。
残り火のように空気を焦がす翠雷が振り抜かれたイサナの刀を駆け巡る。
余波の雷が掠めただけでナガレの胸鎧と肩鎧が片方弾け飛んでいた。彼がすんでのところで身を反らしていなければ顔が無くなっていただろう。
「負け犬の分際でぇえ!」
そこへシャガが割り込み、二又の鈎爪と直刀の窪みで刀を封じようとする。
絡め取り狙いの直刀での斬撃をひと振り、ふた振りと刀を合わせずに上体の動きで躱す。
距離を詰めての鈎爪での鋭い突き。ジャブの要領で威力よりも速度を重視したそれに腰から抜いた鞘を合わせた。彼女の抜刀に耐えられるよう拵えた特注品であり、鞘自体も魔術刻印のある魔具になっている。
イサナは二又の間に差し込んだ鞘を捻ると、逆に相手の鈎爪を押さえ込んでしまう。
そのまま鞘で肩関節を極めるような体勢に持っていく。
「くそ!」
咄嗟に体を前転させて拘束される前に逃れたシャガの背を刀が掠める。
イサナは追撃を掛けずにナガレの放った氷槍を払いのけた。
続く野太刀の突きをいなし、斬り返した刃が氷鎧に防がれた。ナガレは防御術に秀でているようだ。勢いの乗っていない斬撃では攻め切れない。
「させん!」
距離を取って刀を納めようとするイサナへ野太刀が張り付く。
先ほどの電磁抜刀を警戒してか、多少斬られても意に介さず攻め込んでイサナに打たせる隙を与えない。
「シャガ、あれを使わせるな!」
「がってんさ!」
ナガレが逆袈裟に斬り上げると水しぶきのように生み出された氷の礫が殺到。
防御術で防いでも視界まではどうにもならない。足元から出現させた土柱を蹴って背後に回ったシャガの鈎爪がイサナの背を削った。二筋の赤い線が背中に刻まれる。
「っ、はあ!」
痛みを無視してシャガへ刀を振るうも、一撃を加えた彼は欲張らずに即座に離脱している。
そしてナガレの相手をしていると再び細かくちょっかいをかけてくる。鬱陶しいが、非常に有効な戦法だった。
イサナの体に少しずつ、しかし確実に傷が増えていく。
「卑怯者の謗りは受けよう。我らには成すべきことがあるゆえの!」
吼えるナガレの野太刀がイサナの刀を止め、猛禽のように飛来した鈎爪がまた肉を抉る。
形勢は不利。
アルクゥラの達人はどちらも練度が高く決定的な隙が無く、一手で仕留めきるには足りない。
消耗も負傷もイサナの方が多く、このままではジリ貧になること必至。
紛れもない窮地に思考の端から死という結末がじわじわと広がり始めている。
それでも彼女の顔を彩るのは苦悶や悲痛ではなく、闘いへの悦びであった。
頬を流れ落ちる血を舐める。
「……ははは」
かぁん。かぁん。
打ち合うたびに飛び散る火花が煌々と目を照らし、刃鳴散る音が心を昂らせる。体を刃が掠める感触すら心地いい。一歩間違えれば死に至る綱渡りの中で、彼女の翠瞳はかつてないほど輝きを増していた。
「ハァーハッハッハァ!!」
体が沸き立つ。血が滾る。
「こいつ、笑ってやがる」
「そりゃ笑うわよ? 愉しいもの」
イサナは直刀を受け流しながら鞘を抜いて逆手で構えた。
半身になって鞘を眼前に、刀を左脇に。
道を別ち、殺人剣を往く同胞の面影が残った変則二刀。
「死に狂いかえ!」
ナガレが浮かせた氷槍を打ち出すのに合わせてシャガが飛び込む。
足捌きで氷槍を躱すと、鈎爪を鞘で受け流してからすかさず斬り上げ。
防御と連動した反撃は速さよりも無駄がなく、見てから受けようとしたシャガの直刀を掻い潜って肉へ届いた。刀身が撫でた肩口から血が吹き出る。
「ツっ!」
あまりにも澱みのない連撃に、痛みより驚きで反射的に下がってしまったシャガ。
その一瞬が彼の命取りとなった。
―――チン。
涼やかな風鈴を思わせる音を立てて、鍔と鯉口が接吻する。
腰元ではなく眼前、拝領されたかのように。
斬り上げから流れるように納められた刀が、ぱちりと瞬いた。
「マズ……!?」
雷光が弾ける。
射出された刀を掴み、勢いで一回転。
独楽のように回りながら血と雷光を撒き散らし、神速の抜刀斬り。
防御不可能の斬撃は直刀と鈎爪、防御術すら一刀の下に両断する。
「……ば、か」
上半身と下半身に分断されたシャガの言葉は、最後まで紡がれることなく消えていった。
「先に逝っておれ。こやつもすぐに送る!」
ナガレも武人。仲間の死くらいでは動揺しない。
大技の使用で隙を晒したイサナへ文字通り滑って距離を詰め、騎兵かのような流し斬り。
すんでのところで反応したイサナの下衣と脚を裂いてさらに血を流させる。既に出血が多い上に激しく動いた彼女の体がふらついた。
「……っ」
「まだまだぁ!」
イサナが消耗していると見るや、靴底から氷の棘を生み出したナガレは地面を噛んで急旋回。
野太刀を左肩口に構えて残った右肩の氷鎧を前面に。頭部を氷の兜で覆うと、大重量を活かした保身を顧みない突撃を敢行する。
「死出の旅路、なにするものぞ!」
「……いいわ、付き合ったげる」
ふらつく足を踏みしめて、再びの納刀。
愛刀へ残り少ない魔力を注ぎ込み最後の一撃を備える。広がり始めた濃密な死の気配が首筋をくすぐっていた。
魔力と気力を練り上げた一刀。ただこの瞬間のために全てを懸ける。
「ぉおおおおおお!!」
「―――ハァ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされる氷刀目掛け、雷刀を抜き放つ。
破裂音と共に打ち出された刀。わずかでも誤れば威力速度が著しく減退する難度の高い業を完璧なタイミングで掴み取り、天をも斬り裂かんと振り抜いた。
氷刀が打ち砕かれ、氷鎧を断ち斬り、ナガレの命を奪う―――前に刀が振り抜かれた。
「っ!?」
「なぁんて、の」
奪いきれない。
野太刀は砕いた。肉ごと鎧も断ち斬った。だが命……命には届ききらなかった。ナガレは寸前で氷の棘により速度を落としたことで即死を免れていた。
逃れたのは即死だけだ。逆袈裟に斬られた胴の傷は深く、間もなく死ぬだろう。
だが今ではない。
今この瞬間はまだ生きており、その闘志は死んでいない。
最後の武器、兜の氷角が残っている。
力を振り絞って倒れ込むように突かれる氷角が、イサナの心臓へ迫った。
普段であれば余裕を持って避けられるそれも限界まで酷使した体は言うことを聞かない。
(……ここまでか)
死の予感が確信へ変わる。
不思議と恐怖はない。これほどの武人たちと戦って果てることができるのだ、悔いはない。捨て身になってまで死合ってくれたのが誇らしいくらいだ。
数瞬先に訪れる死の間際。
ゆっくりと流れる時の中でふと、視界の端にあの男が映った。
あちらも少なからず苦戦したようだが……流石というべきか、勝敗はほぼ決していた。ところどころ傷はあるものの戦闘続行に支障はない範囲に収まっていた。薙刀使いへ今にもとどめを刺そうとしている。
腹が立つほどに強い。羨ましいほどに揺るがない。
そして何より、肩を並べて戦えることが楽しい……そう、楽しかった。もしかしたら、彼と斬り合うこと以上に。
「……私は脱落かな。悪いわね」
かつてないほどに楽しい時間が終わってしまうことに一抹の寂しさを感じながら、届くはずのない末期の言葉を遺して目を閉じ―――
「え?」
目が、合った。
それどころかこちらを向いている。敵を目前にしたあの男がだ。
らしくない彼に場違いな違和感を覚える中、ジグはとどめのために構えた双刃剣を投げるために振りかぶっていた。
(待って)
それは駄目だ。まだ動ける敵を前にしてそれだけは駄目だ。
”何をしているの、あなたらしくもない”
そう叫びたいイサナの思いは伝わらず、赤黒い双刃剣が放たれた。
ジグの強肩により凄まじい速度で投擲されたそれは瞬きするよりも速く到達し、イサナを殺そうとするナガレの頭部へ着弾した。
「―――」
刺し違えるつもりでイサナだけを見ていた彼はきっと、何が起きたのかも理解できなかっただろう。
本来貫いたと表現すべきはずが、双刃剣が直撃した頭部は跡形もなく消し飛んでいた。達磨落としのように無くなった首の断面とくるくる回る氷角だけが残っている。
「ジグ!」
だがイサナには生き残った事を喜ぶ間などなかった。
命を落として倒れるナガレには目もくれず、敵を目前に武器を手放すという暴挙に出た傭兵へ叫ぶ。
殺す寸前であったのは事実だ。
だがシュカは別に深手を負っていたわけではない。まだ動ける、まだ殺せる。
最後まで戦意を保っていた彼女は千載一遇の好機が訪れたことに歓喜しながら薙刀を振り下ろす。
武器を失ったジグは振り返りながら咄嗟にナイフを抜くが、それよりも薙刀の方が一瞬速い。
薙刀は逆手に持ったナイフを掻い潜り、ジグの左腕を斬り飛ばした。
2027年1月29日(金)〜31日(日)に開催される
<沖縄アニメーションフェスティバル2027>へ「魔女と傭兵」の出演が決定いたしました。
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海ブドウとゴーヤ食べるシアーシャが見れるかも(適当)




