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イサナとナガレ。信ずるところの違う二人の武人は同時に踏み込んだ。
刃が先に届いたのはナガレだ。
身の丈ほどもある野太刀の圧倒的なリーチ差は踏み込みの速度を意に介さない。武器の差だけでなくナガレ本人がイサナの速度に対応できるだけの剣士でもあった。
「どらぁああ!」
常識外れの一撃を受けるのは論外。
肩に担ぐ姿勢から振り下ろされた野太刀を左に躱す。
身の毛もよだつような剣風が耳先を撫でた。一歩間違えれば潰れた果実よりも凄惨なことになるであろう苛烈な一刀。
間近を通り過ぎたそれに白髪を揺らしながらも、イサナは肩口に構えた刀を相手の脇目掛けて突く―――よりも速く斬り返された野太刀を受け止めた。
鈍い金属音が耳を叩き、迫る野太刀にイサナの足が止まった。左手で刀身の峰を支えていなければ押し込まれてしまいそうだ。
「これを止めるかえ! 良い勘をしている!」
「デカい図体の割に小賢しい……!」
本当に誰かさんのようだ。
豪傑然としたナガレに悪態をつきながら刀を握る手に力を籠め、歯を食いしばる。
こちらが遅いのではない。野太刀でありながらこの斬り返しの速さ……相手は最初から一太刀目を見切られることを想定していたのだ。
あれだけ気合を入れて”己の太刀を疑わず”といった様子はハッタリだ。ナガレは最初から速度を得意としたイサナの戦い方を見抜いており、強みを活かせぬように足を止めさせるのが目的だった。
「駆け引きも楽しんでこそ戦いさね」
「ごもっともっ!」
「おっ?」
力比べでは分が悪い。
姿勢を低く。体と刀を野太刀の下に潜り込ませ、巧みな足捌きで立ち位置を変える。
正面から競り合う形から、刃を交差させたままこちらの刀身が上から押さえる形へ。
相手の刀身を下に弾きながら最小限の動きで斬り上げる。野太刀も自由になるが、勢いの死んだ重量武器など碌に切れるものでない。
「おっと、危ない危ない」
首筋の血管を的確に狙った一撃はすんでのところで体を反らして避けられ、切っ先がわずかに顎先を削るに留まる。
「無茶すんなよナガレのおっさん!」
追撃の斬り下ろしを幅広の直刀が阻んだ。
イサナの刀を弾き返したシャガが体ごと割り込ませて肉薄する。
「敵が強いと見るとすぐ試すんだから」
「おぉう、すまんえ」
鍔がなく、代わりに刀身の根元が半円型に凹んだ奇妙な武器だった。
斬られた顎を擦るナガレを他所に、シャガは奇妙な直刀片手に鋭く斬り込んでくる。
鋭さよりも身軽さを。イサナとはまた種類の違う速度を重視した戦い方。
挨拶代わりに三合打ち合う。速いが、軽い。
「そらっ」
直刀の刺突を払うと、シャガは左手に持ち替えて斬り上げに移行。
甘い一撃を身を反らして躱すと反転しての横薙ぎ。これは受け止められるが、それは想定済み。
刀を引き、今度こそ刺突を……
「っ!?」
戻す手に引っ張られるような違和感。
直刀の根本の窪みが刀身をくわえこんでいた。妙な意匠だとは思ったが、相手の武器を押さえるためのモノだったとは。
「もーらい!」
動きに戸惑いの出た一瞬をシャガは見逃さない。
引こうとしたイサナの刀を押さえながら距離を詰めて魔術を起動。右の掌底から短刀ほどの長さをした鋭い土の杭が伸びる。
「土手っ腹ぁ!!」
殴るというよりは押し込むような、腰が入った一撃が丹田に打ち込まれた。
防御術は面や線の攻撃を想定したものであり、点での攻撃には弱い。局所を集中的に護るのは効率が悪く、そんな運用をするぐらいなら避けるのが普通だからだ。
なればこそ懐に入っての一点集中が必殺になりうる。
刀を押さえ、重心を前に崩した上での会心の一撃。直刀と体術を交えた戦法を得意とするシャガの十八番であった。
それが、
「……まーじかよ」
シャガの額を冷汗が伝う。
もっとも自信があり、驕らずに磨き上げてきた必殺の一打は―――雷光纏う拳によって打ち砕かれていた。
捉える事すら難しい速度で放たれた拳打。
横合いから打ち抜かれた杭は跡形もなく吹き飛んでおり、ただの掌底となったシャガの手はイサナの前腕に受け止められている。
刀と直刀が絡み、腕と腕を押さえ合っている、一見すると対等な状況。
だというのに、シャガは己の圧倒的な不利を悟っていた。組み打ちを得意とする自身の領域である、この距離でだ。
「……誰の腹が土手ですって?」
残り火のように尾を引く翠雷と同じ色をした瞳が夜闇に光る。
身の危険を感じたシャガは直刀を引こうとするが、どれだけ力を入れてもピクリとも動かない。男女差を考慮しても肉体的な強度にそこまで開きはないはず。つまりは身体強化の練度があまりにも違い過ぎるということ。
「馬鹿力め!」
引くのが駄目なら押す。
シャガは相手の顔面目掛けて勢いよく頭突きを繰り出した。密着状態で行われる組み打ちは技術も大切だが、何より思い切りとやったもの勝ちが秘訣である。
「誰が」
しかし至近距離での頭突きはまたも手応えなし。
イサナは絡んだ刀と腕という接触点から伝わる感覚で、シャガの動きを敏感に察知していた。
外れた頭突きは身を反らしたイサナの胸へ触れるだけに終わった。伸びきってしまった体勢を晒したシャガの背筋に悪寒が走る。
「馬鹿だってえ!?」
「ごはぁっ!!?」
入れ替わりに跳ね上がった膝が無防備なシャガの腹に突き刺さる。
人体の急所である鳩尾を強打された激しい痛みに呼吸が止まる。体中の空気が出てしまったのではないかと思うほどだ。
「気安く触るな!」
「ぶっ……!?」
動けない所へお返しとばかりに顔面へ叩き込まれるイサナの強烈な頭突き。
容赦のない荒々しい連撃を受けたシャガが転がる。痛みに滲む視界の中、なんとか手放さなかった直刀を手に見えたものは……自由になった刀を大上段に構えたイサナの唐竹割り。
「ほぉれ、おぬしも人の事を言えんではないかえ!」
「ちぃ!」
頭から真っ二つにされるところを寸前で救ったのは、頼もしい声と野太刀の分厚い刀身だった。
安堵の息をつこうとしたシャガの顔が強張る。
凄まじい一刀を完全に受け止めたかに見えた野太刀だが、イサナの刀は僅かに食いこんでいた。野太刀でこれだ、まともに受けていたらシャガの直刀ではもたなかっただろう。
「ぬんっ!」
「遅いっ」
ナガレが膝のバネと膂力を活かして弾いた。同時に柄頭を引くことで鍔を支点に野太刀の重さを感じさせない、小回りの利いた返しの一刀を放つ。
対してイサナは弾かれることを予想して先んじて動いていた。
半身になって野太刀の軌道を紙一重で躱すのと同時、片手で持った刀を袈裟に振り下ろす。同じ軌道を描く斬撃が時間差で通り過ぎた。
「……大したものだえ」
攻防一体の斬り下がりは手の甲を深く斬り、ナガレの一刀はイサナの上衣を裂くに終わった。
千切れた布の隙間からさらしが覗いているが、褐色の肌に刀傷はない。紙一重の反撃はこの短い攻防で野太刀の間合いを完璧に見切っていたことの証である。
イサナは視線を逸らさぬまま、邪魔だとばかりに破けた上衣を勢いよく脱ぎ捨てる。
「フ―――――」
細く長い息を吐き、丹田で魔力を練るイサナ。
ゆっくりと構えを八双に切り替えた彼女に目に見えた消耗はなく、ナガレたちの手を冷静に見切られていることが分かった。
「……ナガレのおっさん」
「分かっておる」
傷を癒しても流れた血と消耗する体力は戻らない。
この手の戦い方をする者にありがちな体力不足にも見えず、このまま消耗戦が続けば不利なのはナガレたちであった。
「やるぞ。覚悟を決めえ」
「へいへーい……いっちょ、やってやりますか!」
「……」
相手の空気が変わったことを察知したイサナの眼が細められる。
小手調べはもう終わりだ。隙を探りながら相手の命を狙うのではなく、ここからは本当の意味での命のやり取りになる。
一手間違えばそこで終わりの、文字通りの保身を捨てた”死合い”。
「……そう来なくちゃ」
待ちわびた瞬間にイサナの頬が愉悦に染まる。
この死合いの先にこそ、彼女の求める何かがあると期待して。




