才能という名の檻に囚われし者
「このラノ2027」応援感謝SSです。
厚かましいことを承知の上で、投票をよろしくお願いいたします。
konorano2027.oriminart.com
晴天から眩いまでの陽光がさす中、木剣のぶつかり合う乾いた音が響いている。
赤と青がひらりひらりと交差するように踊り、掛け声とともに剣閃が幾度も空を斬る。
「ハッ!」
「せぁ!」
それは冒険者クラン、ワダツミでよく見られるセツとミリーナによる早朝訓練の一幕。
「才能って何なんだろうな」
しかし今日の主役は彼女たちではなく、それを見つめる一人の青年である。
名をケイン=アソート。同クラン所属の七等級冒険者である。
かつてはとある傭兵に武器として使われたこともある、何かと不憫な男だ。
ケインは二人の剣舞にも似た訓練を見ながら、額に巻いたバンダナを掴んで唸った。
可憐な女性たちを無遠慮にじっくりと凝視する彼だが、その表情に邪なところは欠片もない。それどころか、見ようによっては負の感情すら感じさせる顔つきであった。
座ったまま難しい顔をしているケインの頭上に影が差した。振り返ると大柄な中年男性が二人。
ワダツミにその二人ありと言われた三等級冒険者、ベイツとグロウだ。
「どうしたケイン。らしくもなく悩んだ顔しやがって」
「そうでも、ない。ケインはよく悩んでいる、ぞ?」
豪快に笑うベイツとたどたどしい言葉遣いのグロウ。
一見すると正反対の彼らだが、冒険者の中でも屈指の連携能力を持つと言われている凄腕である。
名実共に雲上人でありながら、こう見えて人格者でもある。どこかしら逸脱した部分の多い高位冒険者の中では数少ない心から尊敬できる人物だ。
「……ベイツさん、グロウさん。おはようございます」
ケインはすぐに立ち上がると、頭を下げて挨拶をする。
「どうしたんだよ。これ以上ないくらい”浮かない”ってツラしてるぜ?」
「……いい光景だと思うが、な」
年若い娘が汗を迸らせて競い合い、高め合っている光景に、中年二人が眩しいものを見る目を向けている。彼らにとってセツとミリーナはどちらかと言えば庇護対象に近く、ケインとは別の意味で邪なものはない。
「あの……」
「歳も近いだろ? 女ぁ眺めるならもうちょい幸せそうな顔しろよ。俺が若い頃なんてむさ苦しい野郎共しかいなかったぜ」
口ごもるケインの眼に差した陰。それに気づいたグロウが相方の胸板を叩いて止める。
「ベイツ。もう少し真剣な話みたいだ、ぞ」
「……ぉおう。すまねぇな」
「いえ……」
気まずそうにポリポリと頭を掻くベイツ。俯く三人の間に何とも言えない空気が流れ始める。
(しまった、二人は悪くないのに……)
自身のせいで空気が悪くなってしまったことにケインは少し焦っていた。
なんとか話を逸らすための話題を出そうと視線を彷徨わせていると、明るい声が掛けられた。
「ちょっとベイツさんたちー! 声が大きくて集中できないんだけど!」
「あんまり見ていると助平オヤジと呼びますよ」
体格も声も大きいベイツに気づいたセツとミリーナが、訓練を中断して近づいてきていた。
訓練で汗をかいて日の光を浴びる二人は充実感に満ち満ちており、才能に溢れているのが外見からでも見て取れるほどだ。
才能もあって努力もしている二人は、凡夫からすると輝いて見える。
伸び悩んで燻っている今のケインには些か眩しすぎた。
「っ!」
劣等感から彼女たちを直視していられなかったケインは、堪らずその場から逃げ出した。
「あっ、おい!」
「え? え? あたしなんかやっちゃった?」
「……」
「クソッッッ!!」
ケインは走りながら拳を握り締める。
自分はなんて無様で、格好悪くて、情けなくて、卑屈なのだろうか。
セツとミリーナはただ頑張っているだけなのに、それを疎ましく感じてしまう自分が嫌だった。容姿も才能も優秀な身内も……何でも持っているくせに努力まで欠かさないなんて、それなら自分のような凡人はどうやって追いつけばいい。
行き場のない感情に任せて走った。
どこでもよかった。あの場から逃げられさえすれば。
ただ何も考えずに誰かのせいにできれば、まだ幸せだったかもしれない。
しかしそれなりに頭が回るケインはそこまで他責思考にはなれず、さりとて暴挙に出ることもなかった。暴れまわる思考の中でも彼はどうすればいいか考え続け、現状から脱却するための何かを探した。
そして辿り着いたのが―――
「どうすればいいッ!?」
「…………ただ静かに飯を食わせてくれれば、それでいい」
目の前にいる、仏頂面で食事をかき込み続ける傭兵であった。
「事情は分かった」
一通りの説明……という名の感情の吐露を食べながら聞いたジグは、肉をこそいだ骨を皿に放り捨てながら嘆息する。皿は既に山のように積み重なっており、店員が気合を入れながら下げていった。
「要は同年代の天才と、才能のない自分を比べて落ち込んでいる……合っているか?」
ケインは話したことで多少は落ち着いたのか、杯を手に俯いたまま頷いた。
酒ではなく果実水な辺りが実に真面目な彼らしい。酒に逃げられるほど短絡的なら、もっと楽だったろうに。
「そもそも、なぜ俺に聞く? ワダツミには面倒見が良いのが二人いるだろう」
ジグは大柄な男二人を思い浮かべて問いかける。あの二人であれば面倒な相談も嫌な顔せずに聞いてくれるはずだ。
「ベイツさんたちは、優しいから。今はちょっと、温かい言葉の方が……つらい」
「……まあ、そうだな。奴らに若手のやる気を削ぐようなことは言えんか」
いよいよこのままでは死にかねないと判断したら、ベイツたちも厳しい対応はできる。
だが現状の天才と比べて伸び悩んでいる程度であれば、若い芽を摘むような真似をできるほど鬼にはなれないのがあの二人だ。
「あんたなら! 報酬さえ払えばどんな容赦のないことでもできるだろっ!?」
身を乗り出したケインが机を叩く。
周囲から集まる視線と、喧嘩沙汰にならないか心配そうに店主が奥から顔を出している。
ジグは店主に”心配いらない”と手で示しながら、トントンと指でこめかみを叩く。
「お前な、俺を何だと思っている」
「ここは俺が出す! 好きなだけ食べていいし、足りないならしばらく俺の名前でツケにしていいから!!」
「静かに食いたいんだが……」
面倒そうに眉間に皺を寄せるが、この様子では何かしら納得してくれないと帰ってくれそうにない。
迷惑な若造一人くらい、無理やり叩き出してもいいのだが……普段のケインを知っているだけに、あまり粗雑に扱うのは躊躇われた。
いつぞやの辻斬りの件など、彼は感情が高ぶると少々周りが見えなくなる傾向がある。
しかし普段の彼は実力不足を自覚しながらも、自分に出来ることを全うしようと善処している真面目な人物だ。魔繰蟲の一件では彼の迅速な救助活動に助けられ、猿狗や三面鬼の際にも何かと苦労しているのを見ている。
今後、ワダツミが成長した時に中心人物になるのはセツとミリーナなのは間違いない。
しかし裏でそれを支えるのは目立つ天才ではなく、もっと身近で地道なことで頼りになる人物……ケインやカスカベのような人材だ。
「仕方がない……安くはないぞ?」
今のうちに恩を売って、シアーシャのためにワダツミへ貸しを作っておくのも悪くはない……ジグは自分にそう言い訳すると、追加の肉を注文した。
「才能ってなんなんだ?」
話を聞いてもらえると分かったケインが最初に聞いてきたのは、随分とありがちな内容だった。
ありがちだけに説明の難しい内容に顎を擦る。
「いきなりだな。才能か……」
「その……怒らないで聞いて欲しいんだが」
「うん?」
意味深な前置きをしたケインへ目を向けると、消え入りそうな声でこぼし始めた。
「ジグってその……あんまり才能溢れているって感じしなくて……だから相談したかったんだ」
人によってはその場で激怒し始めてもおかしくない。
そんな失礼極まりない発言にジグは目を丸くすると、突然笑い出した。
「ふっ……ははは!」
付き合いはあまり長くないが、ジグが声を上げて笑っているところを見たことがない。
ケインは笑い出したジグに困惑しながらも、反射的に謝った。
「す、すまん!」
「ふっふっふ……別に腹を立てているわけではない。いやなるほど。お前、中々見る目があるな」
「え?」
ジグはまだ収まらぬ笑いを堪えながら、ケインの問いへ真面目に答えるために食事の手を止めた。
彼の前で戦ったのはワダツミ乱闘を含めて三回ほど。
その全てでジグは並みならぬ成果を出し、数や力の差をものともせずに奮闘していた。実力者であっても命を落としかねない非常に過酷な戦場だったのは間違いない。
普通の感覚であればあの激しい戦いを見て、”才能がない”という感想は出てこない。
ケインはやはり本質を見る力という一点において非凡だ。本人が自覚していないようだが。
もっとも、今それを評価しても彼には響かないだろう。彼が求めているのはもっと分かり易い冒険者としての実力だ。
「お前の指摘通り、俺は剣の才能は大したことがない。精々が中の上から、上の下といったところか? 教わった技を身に着けるのも他より時間が掛かったし、弓なんかはどうやっても適性がなかった」
決してジグが手を抜いていたわけではない。
人一倍努力したし、周囲もそれを認めていた。だがそれでも、できぬものは出来ぬのだ。
鬼の副団長ですら匙を投げたほどだ。
自分で言い出したことながら想像がつかないのか、ケインは半信半疑で尋ねる。
「……じゃあ、どうしてそこまで強いんだ?」
「簡単なことだ。俺は剣の才能はそこまでなかったが―――”敵を倒す”才能はあった」
「それ、どう違うんだ?」
言葉だけ聞くと似ているように感じる内容に首を捻る。
「剣がなければ石で殴り、ペンで刺し、なにもなければ素手で急所をくり抜く。ありとあらゆる手段を使って敵を倒す……適応力や対応力と言うべきか? それに優れていたのさ」
「……!」
ジグの語り口から滲みだす真実味にケインが息を呑む。
例え話ではなく、実際にやった者にしか出せない何気なさに言葉を失った。
「剣もその中の……敵を倒す一つの手段。そう考え方を変えると、これがどうしてかしっくり来てな。才能のなさは割り切って、手の内の一つとして磨くようになった」
剣に対する執着心や憧れを消し去り、手札として洗練させる。
より多くの手を知り、それを自分の糧にして更に磨き上げる。そうして鍛錬を続けていき、実戦でより効率的に尖らせた。
「生き残るために使い続けて……気づけば、それなりのモノになっていた」
ジグは目を細めると、ケインを真正面から見据えた。
鋭い視線に身を硬くし、まるで剣を持って立ち会っているかのように錯覚する。
「ケイン。お前にはあるか? 脇目もふらずに研ぎ続けた、自分だけの武器が」
「おれ、は……」
「自身の才能を自覚するのは良いことだ。だが才能を理由に立ち止まるなら、早々に去る方がお前のためだ」
”時間の無駄だからな”と容赦のない言葉を付け加えたジグが杯を呷る。
杯を持つ手はケインの頭など丸ごと掴めそうなほどに大きい。指は岩のように節くれ立っており、腕は鋼を束ねたように無駄なく太く鍛え上げられている。
「で、でも……本物の天才にはどうやっても」
「では逆に聞くがな」
ケインの言葉を遮ったジグは、新しく来たなみなみと注がれた杯を手に問い返す。
「お前はどのくらい才能があれば満足するんだ?」
「……え?」
想像もしていなかったことを投げかけられたケインが戸惑う。
「セツとミリーナと同じくらいか? そのミリーナの兄はもう四等級だぞ。あと数年でそこまで行けるのか?」
「む、無理だっ」
「若くして単身で二等級にまで至っている馬鹿もいるが……もういい歳してそれ以下のベイツたちは才能がないか?」
「……」
雲の上、さらに上。自身の想像がつかないほどの段階にすら、才能の差がある。
そのことを理解させられたケインは目を見開いて拳を握った。
「世の中、上には上がいる。才能を言い訳にして逃げると、これと見つけた道にまでケチをつけるようになるぞ。他ならぬ自分自身でな」
なみなみと注がれた杯を一気に飲み干したジグが立ち上がる。
ケインは自分の空っぽの杯を見つめ続けていた。
完全に見込みがないから諦めるならいい。ジグにとっての弓がそれだ。
だがケインはそうではない。まだまだ伸び盛りの若者なのだ。自分の限界を決めるには、まだまだ早すぎる。
「考えろ。自分に何が出来て、何ができないのかを。冒険者に活かすために、何が必要なのかを考え続けろ」
ジグはそれだけ言い残すと酒場を後にした。
膨大な量の皿に囲まれた彼は、ただただ空の杯を前に動かない。
「……!」
ただその眼だけが、これからのケインを雄弁に語っていた。
「さて、しばらくタダ飯生活か。楽しくなってきた」
静かな食事を邪魔されたのは腹立たしいが、適当なことを言って食費が浮いた。しかもしばらくツケにしていいと来た。
「たまにはこんな、楽な仕事があってもいいさ」




