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「…………なぜ」
かつてジィンと名乗り、タギリと肩を並べて戦っていた者たちの末裔が去って行く。
戦いに敗れて追い出された負け犬……世間にそう呼ばれているはずの彼女は、しかしこの場にいる誰よりも胸を張って歩いていた。
理解のできない困惑と苛立ちがセイザンの眉間の皺を深くする。
栄光の座から蹴り落とされ凋落した彼らが何故あそこまで堂々としていられる。
以前の調べではハリアンで上手くいっていなかったはず。
自尊心の高さから街の空気に迎合できず、力で居座り厄介事を起こす鼻つまみ者として忌み嫌われていたはずだ。
「なぜだ」
それがどうしてあそこまで……過去の栄光への未練を全く感じさせず、自分の道を歩いていける?
苛立ちが最高潮に達する直前、臣下の咳払いが耳に入った。
すぐに意識を戻すと、先ほどまでの感情の揺れなどなかったかのように振舞う。
「あの者らに見張りを付けます」
「そうか」
臣下の申し出にセイザンは気のない返事をする。
何か良い結果が出ることを期待していないであろうその表情には、まるで”お前たちではあしらわれるのが関の山だろうがな”とでも書いてあるかのようだ。
彼は臣下の反応を見ることもなく踵を返した。
突然の来客が引き揚げた後にセイザンが足を運んだのは、煌びやかな部屋だった。
絢爛豪華でありながらも細かな意匠に趣があり、ただ金を掛けただけの成金趣味とは一線を画する、まさに匠の技。
「……」
アルクゥラの当主にのみ与えられた、誰もが羨む豪奢な部屋。
彼はその玉座にも似た場所へぞんざいに腰かけると、虚空を見つめて深く息を吐いた。
長い……本当に長い嘆息を終えたセイザンはゆっくりと目を閉じて、この世全てに失望したかのような声音で呟いた。
「―――愚か者共め」
様々な思いが複雑に絡み合った心からの声が口から吐き出された。
広い部屋に重い煙のように漂い、誰の耳に入ることもなく消えていくはずの言葉。
「……おや、それは私共に対してですかな?」
独り言に答えが返ってきた。
重い瞼を開けると、そこには二人の異邦人が佇んでいた。
一人はでっぷりと肥えた腹をした人当たりの良さそうな顔の老人。
しかし数多の癖者と接する機会のあったセイザンからすれば、どこまでも胡散臭く腹の読めぬ顔という印象が強い。経験上、この類の人間が一番厄介だ。
澄人教司祭、ヨラン=ギェラ。
彼は迷える子羊を導く司祭に相応しい微笑みを浮かべ、先ほどの消えかけていた独り言を拾った。
「それとも、先ほどのお客人に対してですかな?」
戯れめいた問いを思わせながらもその実、答えなど分かり切っているであろう柔和な笑顔が実に腹立たしい。そんなはずはないのに、全てを見透かしているかのような態度がセイザンは気に食わなかった。
「言わずとも知れたこと。そんなことより……お前たちの予想通り、霧について探る者が現れた。奴らが例の?」
不機嫌そうな表情をあえてそのままに、横柄な態度を意識する。
そうして答えをはぐらかしながら椅子の背もたれから身を起こすと、油断ならぬ老人を睨みつけた。たとえ戦闘能力が皆無な人間であろうと、この老人相手に隙を見せる気にはなれなかった。
「……ふふ」
ヨランの隣に控える赤法衣の女が静かに口元に笑みを浮かべる。精一杯威嚇する小動物を生暖かい目で見るかのようだ。彼女とセイザンにはそれだけの力の差がある。
知ったことではない。
この護衛がセイザンの遥か手の届かぬ高みにいる相手だとしても、警戒すべきはこの肥えた豚であることに変わりはない。どれほど武に優れようと、一人の人間にできることなどたかが知れている。
「ええ。あの者らとそれを率いる冒険者ギルドには、以前に見つけた祖の遺物を手に入れる邪魔をされましてな……此度も我らの前に立ちはだかるようだ」
”いやいや困った”と子供の悪戯に悩まされる老爺のように笑うヨラン。
だが態度ほどには平気ではないらしく、その眼は全く笑っていない。澄人教の権力闘争が厳しいというのは耳にしていたが……方向性こそ違えど、ある意味ラクシャナ以上にきな臭い内情をしているらしい。
ヨランは一歩前に出ると、慈しみに溢れた顔で悪魔のように囁いた。
「―――つまり……セイザン殿にとっても敵ということです。我らと同じ、祖の技術を手にする障害になる。元より前途多難な道……障害は少なければ少ないほど、いい」
”だから、分かっているな?”
慈悲の顔で暗に告げられるのは、邪魔者の排除。
必要ならどんな相手であろうと駆除し、自分たちの利益を得るための糧とする。
これが彼らの……澄人教の本質だ。
一見すると人間という種を崇める狂信者を装いながらも、その本質はどこまでも冷徹な現実主義者。
奴隷という安価な労働力と、人間優位主義による自分たちの利益を守るためならば、信じてもいないような教義でも信じ込める。
末端の信徒単位でならば信じている者もいるが、内部はとうに腐り果てた利己主義の権化と化している。
ラクシャナの気風からすれば唾棄すべき存在である彼ら。
下手をすればその場で斬り捨てられていてもおかしくはない。
「……分かっている」
しかし彼らの要求にセイザンが取ったのは侮蔑でも憤怒でもなく、不満ながらも積極的な諾であった。腐っていると見下しているはずの澄人教に加担すると意を示した。
セイザンは刀の柄を握り締めた。肉が裂け、血が出るほど強く。
(もはや後戻りは……できない)
アルクゥラの実質的な支配者であるタギリ家当主でありながら、セイザンは力を欲していた。
比類なき力を。
誰もが頭を垂れる絶対的な力を。
ラクシャナを変えられる力を。
そんな存在は御伽噺だ。子供が考える幼稚な発想に過ぎない。
だからこそセイザンは己の野望を夢物語と断じていた……諦められた。ただ虚飾に彩られた玉座に座り、停滞する部族の争いを上から見ているだけの日々に埋没できた。
諦観に満ちた日々を送る彼の前に姿を現したのが、ヨランたち澄人教だった。
ヨランは恐るべき眼力でセイザンが力を求めていることを一目で見抜き、悪魔のように囁いた。
”あなたが求める絶対的な力は存在しますよ”と。
取り合う気もなく一笑に付したセイザンに、ヨランは何も言わずにとある祖先の技術を見せつけた。
それはあらゆる甘言虚言よりも雄弁な力。
セイザンが幾度となく求め、ついには叶わず諦めたはずの力だった。
この力を手に入れるためならば、たとえどんな犠牲を払おうとも構わない。
得体の知れぬ邪教に従うことさえも、かつて鎬を削った部族を貶めようとも……それだけの価値はある。
「奴らはこちらで処理しよう。お前たちは遺物の調査に集中してくれ」
返答に満足したヨランはにっこりと笑う。
まるで言うことを聞かない犬に、躾が上手くいったことを満足した飼い主のようだ。
「結構。武人を志すラクシャナの腕前……期待していますよ?」
当てつけのように武人を強調したヨランを睨みつけるが、そよ風よりも簡単に流されてしまった。
潜ってきた修羅場の差……だけではない。単に文字通り役者が違う。
そのヨランが、初めて表情を曇らせて忠告をする。
「ただお気を付けを。あの者ら……特に魔術師の女二人、人間とは隔絶した力を持っています。二人掛かりとはいえ、祖の技術で生み出された力にすら抗するほどです」
「馬鹿な……それは本当に人間、なのか……?」
彼の表情以上に、伝えられた情報が信じがたくて目を見開く。
セイザンは祖先の技術についてそこまで詳しいわけではない。
しかしその力の一端は見てきた。
最先端の魔術・魔具が玩具に見えるほどに発達した技術と、それが齎す圧倒的な力。転移石板を始めとした魔具は世界を変えられるほどに常軌を逸している。
それに人の身で抗うなど……とてもではないが信じられなかった。
驚きに固まるセイザンとは対照的に、ヨランは考えを巡らせるように片眉を上げた。
信じられぬと思考を止めるのではなく、なぜそれが可能なのかを現実的に探ろうとしている。
「さて……どうでしょうね。アレが本当に人なのかは、議論の余地がありそうですが」
表情を好々爺然としたものに戻したヨランは、背を向けて巨体を揺らしながら歩き出す。
「力は使うためにあります。適切に管理されることで、その力を十全に発揮できる」
免罪官という力を従えたヨランの顔に、隠し切れぬ野心が滲み出た。
彼の後を付き従う赤い影が血のように伸びている。きっとこれまで、その影を踏んだ者は例外なく飲み込んできたのだろう。赤法衣と影の境目がどこにあるのか、セイザンの眼では分からなかった。
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