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魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


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 草木も眠る丑三つ時。

 静かに吹く風に揺られた葉が擦れる音に紛れて、虫たちの歌が密やかに交わされている。

 半分だけ顔を覗かせている月が雲に隠れた時、遠くに聞こえていた涼やかな虫の音が前触れなく途切れた。


 窓辺で刀を抱いたまま目を閉じていたイサナの瞼が開かれる。


「―――来たわ」


 ジグは彼女が警告を発するより先に身を起こしていた。

 完全装備の巨体が音もなくすっくと立ち上がる。手にした長大な双刃剣は既に抜き身になっており、赤黒い刀身が不気味に輝いている。


 灰の瞳はこれから戦いが起きるとは思えぬ程に普段通りでありながら、ぞっとするほどの冷たさを放っていた。


「数は?」

「八人」


 眠そうに目元をこするシアーシャたちを起こしたジグは、人数を聞いて眉間に皺を寄せる。


「少ないな。数で圧殺するつもりはないのか」

「ただしその全員が、私たちと張り合える武人」


 ついでのように付け足された情報は非常に重く、表情を険しくせざるを得ないほどのものだった。

 気配は薄いのに肌がザワリとするほどの冷たい空気が、否応なしに敵の実力を知らせてくる。それすら感じさせない域にいる老人ほどでないのがせめてもの救いか。


 それにしても、流石は代理決闘ともいえる争いを続けてきたアルクゥラの当主。本人は然程の腕前ではないが、抱えている剣士は粒揃いだ。イサナがいつになく真剣なのも頷ける。


 


「……それはまた、大盤振る舞いしてくれる」

「セイザンは本気ね。それだけジィンが気に入らないか……知られたくないことでもあるのか」

「こちらのやることは変わらん。近いか?」

「……ふん、ご丁寧に待ってくれてるわよ。どうする?」



 イサナが刀を手に耳をそばだてると、不快気に鼻を鳴らした。

 あちら側もこちらが気づいたことを聞き取ったようだ。武人らしくこっちの準備が整うのを待っているらしい。もし気づかぬまま寝こけているような間抜けであれば、相手にする価値ナシと判断して斬ったのかもしれない。


「付き合う義理はない。シアーシャ、シャナイア」

「はい」

「なんだぁい?」


 やっと眠気から復活した二人へ、事前に用意しておいた手紙を渡す。

 中には昨日セイザンと話した際に感じた違和感や不可思議な点、彼が祖先の技術と何かしらの関わりがある可能性に加えて、襲撃を受けたことを書き留めてある。何事もなければ襲撃のことを省いて直接伝えるつもりだったが……嫌な予感とは当たるものと相場が決まっている。


「これをアオイに渡して、彼女の判断を仰いでくれ」

「ジグさんは?」

「俺たちは追っ手を食い止めるが、全員は押さえきれん。依頼主にこんなことを頼むのが護衛失格なのは承知の上だが……対処を任せてもいいか?」



 目的は敵の殲滅ではなく、祖先の技術の破壊だ。情報伝達が最優先だ。

 仮に魔女二人を加えた全戦力で始末したとしても、ここは相手の本拠地。下手に敵の実力者を瞬殺して増援を送られると厄介なことになる。また繊細な市街戦は魔女に向いていない。ギルドの依頼で来ている名目上、街を更地にするのも問題がある。


 


 敵はイサナとジグでも完全には止めきれない相手であると伝えられたシアーシャの顔が真剣味を帯び、それ以上にジグからの期待に応えるべく手紙を握る手に力が籠った。

 

「……はい、任せてください!」

「誰にモノを言ってるのさジグくぅん? そこいらの腕自慢程度にボクらがやられるわけないだろぉ」


 シャナイアが紫紺の髪を払ってせせら笑った。

 少し前にその腕自慢程度に土をつけられたはずだが、性懲りもなく自信満々に胸を張っている。魔女は決して最強の存在ではないと頭では理解しているはずだが、懲りない奴だ。



「馬車と、そこの慢心娘を守ってやってくれ」

「はい!」

「……なにさ、そいつばっかり」


 

 肩を叩かれて力強く頷いたシアーシャとは対照的に、雑に扱われたシャナイアは不満そうにそっぽを向いた。”ツーン”と音がしそうなほどに露骨な不機嫌を表明している。


 あまりよくない兆候だ。

 戦士や剣士ではない魔女にとって、機嫌とやる気のあるなしは戦力に直結する。

 ジグは彼女の頭にどっかりと手を乗せると、少し強めに撫でまわした。


「わっわっ、わぁ……!?」


 不意のことにシャナイアが不満と喜びの複雑に入り混じった声を出す。

 頭と感情が揺れる彼女へ、ジグは真剣な声で頼み込んだ。


「これは大事な役目だ。お前たちにしか任せられない」

「……ボクにしか」


 この中で最も強いのは間違いなく魔女であるこの二人だ。彼女たちが揃えば祖先の技術であろうと打ち勝てるし、有象無象が束になっても蹴散らせる。弱点である体力も、馬車という移動手段さえ考慮すればこの中で最も生還率が高い。


「お前はもう違約金分は働いた。だから、これは俺の個人的な頼みだ」

「……個人的な」


 大きな掌が覆いかぶさった彼女の顔色は窺い知れない。

 だが声色的に決して旗色は悪くないと悟ったジグが、乗せた手をゆっくりと動かして最後の一押しをする。


「多くはないが、謝礼も用意する。引き受けてくれるか?」


 彼女はしばし考えるように俯いていたが、やがてジグの手首をつかんで引き寄せる。

 いつもの調子を取り戻した……いやそれ以上にご機嫌な顔で金の眼を爛々と輝かせて、握ったジグの手に頬ずりをして笑みを浮かべた。


「…………しょーがないなぁジグくんはぁ! 今回だけだよぉ?」

「よし」



 力強い返答に頷く。これでいい。謝礼という目先の褒美でとりあえずのご機嫌は取れたようだ。



「さっき話した場所に馬車を待たせてある。追っ手を振り払ってから落ち合おう」


 ”生きていたらな”という言葉はあえて言わない。それだけの相手だ。

 あとはどれだけ追っ手を引き付けられるかだが……まあできなければ死ぬだけだ。やれるだけのことをすればいい。



「ジグさん」


 いつも通りに覚悟を決めたジグの背へ、シアーシャが呼びかける。

 意識を戦いに備えていたため振り返る気になれなかったジグは、背を向けたまま答える。


「なんだ?」


 短く素っ気ない返事に、しかしシアーシャはどこか安堵した心持ちで言葉を掛けた。

 これこそがジグなのだと。戦いに赴く時の彼であり、どんな苦境であろうとも必ず生きて帰って来る傭兵の背中なのだと、そう知っていたから。


 だから心配の言葉はいらない。

 彼の依頼主として、無事を祈るよりも結果を求める方が……きっと正しいから。


「勝ってください」

「―――了解」


 





 宿から出ると互いに別方向へ向かう。

 どちらも互いを見送ることはなく、ただただ己の役割を果たすために動いていた。



「行くぞイサナ。足止めが第一目標、命は二の次だ」

「決死ってわけ? 上等じゃない」


 イサナは初対面の頃を思い出すような好戦的な笑みを浮かべた。

 流石はジィンスゥ・ヤが誇る武人。命を賭けることに対する躊躇いはないらしい。


「付き合いも長くなってきたけど、こうして肩を並べて戦うのは初めてかしら? この前は魔獣だったし」

「そうだったか……お前が味方なのは、素直に心強い」

「なによ。おだてても斬ることしかできないわよ?」

「十分だ」


 軽口は終わりだ。

 実力を持った相手が数を揃えている……これほど厄介なことはない。

 どちらかが死ぬかもしれない。それでも、ジグの役割はシアーシャを護ることだ。


 そのために、彼女を害する敵を可能な限り排除する。

 ジグは意識して一歩を力強く踏みしめると、かつて団長がよく口にしていた矛盾した命令を口にする。


「死ぬつもりはない。だが命は惜しむな」



来年4月放送予定のアニメPV第一弾が公開されました。

イサナやエルシア、アランなどのキャストも公開されましたので、合わせてお楽しみいただけますと幸いです。


PV最後に一瞬だけ見せるシアーシャの表情がとってもコワ……可愛いですねハイ。


https://www.youtube.com/watch?v=Rn0HhyVi72Y

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― 新着の感想 ―
状況的にイサナがシアーシャの護衛に回ってジグ&シャナイアで迎撃した方が上手くいきそう
命かけるようなとこだっけ?
犬ももっと撫でてと要求してきたりして可愛いよ
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