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「活性化については不明だ。各集落からの報告によると、魔獣が出る際に必ず発生する霧が関係しているのは間違いないようだが」
セイザンは片手で総髪を撫でつけると、イサナの鋭い視線にも動じずに答えた。
間違いなく不意を突かれたはずだがそこは有力者、慌てる様子はない。それどころか刀を抜きかけた護衛たちを制する余裕すらあった。
「霧について、そちらの見解は?」
「……魔獣を刺激している一因ではある。だが根本的な原因は別にあるのではないか、というのが現状の答えだ」
「……」
視線だけをシアーシャに向けると、彼女は小さく首肯する。
ギルドと大体同じ意見のようだ。露骨にしらばっくれている様子はない。
イサナはつまらなそうに鼻を鳴らすと、事前に打ち合わせていた通りに話を進めた。
「ラーマを襲った鹿型の魔獣はご存じかしら? 霧を使って戦う危険な奴よ」
「初耳だ」
否と答えたセイザンに側近が耳打ちをする。耳打ちとは言っても肝心な内容は紙に書いて渡している辺り、彼らにとっても耳の良さは仇となっているようだ。
「……なに? それを先に言わんか馬鹿者」
「申し訳ありません!」
セイザンは部下を叱って下がらせると、イサナに向き直って発言を訂正する。
「少し前にラーマへ派遣した救援隊から報せがあった。鹿らしき魔獣の死体と武装した異民族の集団を見かけたとのことだが、お前たちか?」
「心配性な身内に感謝することね。私たちが来なければ、ラーマは今頃壊滅していたわ」
「そのことは礼を言っておこう。反目してはいるが、同じラクシャナの民が卑怯な魔獣の手に掛かるのは偲びない」
セイザンはそう言って小さく頭を下げた。
まさか本当に感謝するとは思っていなかったのか、イサナが面食らってジグの方を見る。
(こっちを見るな……)
相変わらず迂闊な行動にため息をつくのを堪えつつ、周囲の護衛へ視線を向ける。
腹芸が得意そうなセイザンから情報を得るのは難しいので、他の人間から情報を探れないか確かめる。
「新種発生の原因はこちらでも調査中だが、人命を優先しているため進展はほとんどない。精々が、最近になって急に現れ始めたということくらいだな。専門家の意見を聞きたい」
「こっちも来たばかりよ? すぐに結論は出せないわ……ここでの調査を認めるってことでいいのね?」
「許可しよう。分かったことがあれば何であれ、早急に報告するように」
「……そ。協力に感謝するわ」
話を終えたイサナが距離を取る。
ようやく当主から余所者が離れたことで護衛たちが安堵しながら両脇を固めている。なんとも、ゆっくりとした護衛たちだ。門番といい、当主の周りに置く者としては随分と力不足に感じる。
そんなことを考えていると、セイザンは視線をジグへ……正確にはその隣に居るご老人に向けた。先ほどから意図的に無視しているのが気になっていたのだが、ようやく反応してくれるようだ。
セイザンはジグたち余所者や、部下へ向けるものとも違う目でご老人を見やると、少しだけ重い声音で語り掛ける。それは威圧や恫喝といった類の重さではなく、憂鬱さや億劫さの乗った声であった。
「客人に迷惑を掛けるものではありません―――父上」
父……間違いなくそう呼んだ。
年齢からしてもしやとも思っていたが、セイザンの前当主……タギリ家がジィン家とまだ共に肩を並べていた頃の当主だった。
実の息子から掛けられた声にご老人が反応する。
それまで楽し気にはしゃいでいたのが嘘のように、疑問を覚えた子供が質問するかのように口を開けて首を傾げた。
「……ほぇ? どちらさまですかのぅ……?」
「セイザンです。貴方、グシンの息子の」
「はぁ……セイザン……さん?」
「はい、セイザンです」
彼は何度も繰り返し丁寧に教えているが、ご老人はピンとこない顔のままだ。
セイザンの横顔には隠し切れない疲れと、諦めが色濃い影を落としていた。それまでの当主然とした姿はない。
息子だと主張する男と、知らないと困惑する老人。
緊迫していた室内にどこか異様な空気が立ち込め始めた。
戸惑いに耳をせわしなく動かすイサナ。
シアーシャは不思議そうに首を傾げ、シャナイアはどこか遠くを見ている。
ジグは困惑の中に怯えが混じり始めた老人の肩へ手を載せた。
「ご老人、そろそろ戻られるといい」
「ああっ! こりゃどうも! にぃさん若いのにしっかりしてらっしゃる!」
「…………」
他人が腰に手を当てて立たせてやるのを、感情の籠らない目でセイザンが見ていた。
ジグに引き渡されたご老人が護衛によって退室していく。
「さて、邪魔をしたな」
それを皮切りにジグたちもその場を後にする。
イサナ、シアーシャ、シャナイアと順に出ていく。
最後にジグが退室する直前、振り返って背を向けたままのセイザンに尋ねた。
「ここ最近、法衣を着た妙な連中が現れたと聞いたが……何か知らないか?」
「……澄人教だとか抜かす連中のことか」
答えてくれるかは半ば賭けだったが、セイザンは背中越しにだが忌々しい声音を隠しもせずに吐き捨てた。
「ここ最近、アルクゥラを嗅ぎまわっている。我らのこの耳が気に食わないようだが……それにしては妙な動きをしている。何かを探しているようだが……知っているか?」
質問に質問で返されてしまったが、一応は答えてくれた。ならばこちらもある程度の情報は提供するべきだろう。
「奴らの崇める祖先にまつわるものを探しているらしいが、詳細は知らん」
遺産といった厄介な部分をぼかして伝えておく。嘘はついていないし、実際何が眠っているのかも不明なのでほとんど話しているようなものだ。
「そうか……」
聞いておきながらそこまで興味はなかったようだ。
セイザンは無反応のまましばし沈黙を続けていたが、ジグが背を向けた頃にぽつりと漏らした。
「……父が、世話になったようだな」
「敬うべき先達への礼儀だ」
それだけ答えると、今度こそタギリ家を後にした。
「気に入らないわねぇ……」
イサナが不満顔で親指の爪を噛んだ。
彼女はタギリ家からこっちこの調子だった。セイザンは聞いていたよりも話の通じる当主だと思ったのだが、一体何が気に入らなかったのか。
「だからでしょ! 盆暗当主のままでいてくれたら遠慮なく馬鹿に出来るのに……もっと私に気持ちよく殴らせなさいよ!」
「そうですよ、気持ちよく殴らせてください! 悪役は誰ですか!」
拳を振り上げるイサナへ憐れな者を見るような目を向けていると、シアーシャまで同調している。
なんということだ、頭の足りない子にうちの魔女が一人影響されてしまった。
幸いシャナイアはそれにつられず、気だるそうな顔のままタギリ家を振り返った。
遠くに見えるアルクゥラでも随一の立派な門構えは、しかし来た時よりは幾分か小さく汚れて見えた。
「なんというか、結局大したことは分からなかったねぇ……」
「そうね。向こうも大したことは掴めていないって分かっただけだったし。あの感じなら窮地に付け込んでこの機にアルクゥラを手にする……くらいはやりそうだけど、別にそんなこと私たちにはどうでもいいし」
澄人教のことについても認知はしているが、彼らに対してどんな思惑があるかは読ませなかった。
セイザンという人間、どうにもつかめない。
ただ一つ彼が素を見せたとすればそれは、前当主である父……グシン=タギリのことだけだ。
だがこれが今回の一件にどうつながるのかが見えてこない。
皆が考え込む中、一人首を傾げたシアーシャが不思議そうに沈黙を破った。
「それにしても”卑怯”って変な表現ですよね」
「……なに?」
突然意味の分からないことを言いだしたシアーシャに皆が怪訝そうな顔をする。
「いえね? 残虐とか薄汚いとかなら分かるんですけど、魔獣に卑怯って変な言い方するなぁって思って……」
「言われてみれば確かに……卑しいとかなら分かるけど、卑怯ってなんか珍しいわね。でもそれがどう関係するって言うの?」
「さあ?」
「さあって……」
卑怯……正々堂々としていない、狡いといった意味合いだ。
的確かと言われると他にもっと相応しい言葉はあると思うが、別にそこまでおかしいとは感じなかったが。
それに霧に紛れて奇襲するあの魔獣の戦い方を考えれば、卑怯という表現は適切―――
「―――そうか」
「魔女と傭兵」書籍版八巻が2026年9月24日(水)発売します。
シャナイア好き大必見の加筆をしておりますので、お楽しみに。
またそれに際してわたくし、超法規的かえるのサイン会が開催決定いたしました。
私が美少女JKであるという、微粒子レベルの可能性に賭けたい方は是非応募してみてください。期待を裏切ったときは友人のエンコ詰めます。
開催日時2026年11月3日(火) 17:00
詳細は下記URLにて
https://www.gamers.co.jp/contents/event_fair/detail.php?id=7830
こちら8巻の書影となります。
可愛いシアンと美しいアオイをご堪能あれ。




