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アランとノートンたちはラーマ周辺を北上しながら探索し、未確認魔獣とその発生源、または異常の原因調査をしていた。
東側をアランたちが、西側をノートンたちが。
それぞれで探索し、後に合流して調査結果を共有してから、再度怪しい場所を探る方針で動く。
アランたちが担当する東側にはラーマへ続く街道しかないため魔獣の目撃例も少なく、比較的危険性も低い場所となっていた。
「……そう聞いていたんだけど、なっ!」
どこか恨みがましさの混じった気合と共にアランの長剣が振り抜かれた。
炎を纏った一撃は飛び掛かる魔獣の長い牙を焼き斬り、痩せすぎた狼のような体を真っ二つに裂いた。
「おい大将! これ本当に見合った儲け出るんだよな!?」
すかさずアランへ襲い掛かる別の個体をライルが盾で防ぐ。
肉に牙を突き立てようとあがく魔獣の口へ仕込み矢をお見舞いし、怯んだところに剣で喉を一突きにする。
「ライル、無駄口多い!」
「なんで俺だけなんだよ!」
前衛二人が押しとどめている間にもマルトの魔術と、リスティの強化された矢が次々に魔獣の数を減らしていった。
「しっかし本当に多いな。これで何度目だ?」
危なげなく魔獣を倒したアランたち四人。
彼らは周囲を警戒しながら突然現れた魔獣の死体を調べていた。
「リスティ、どうだ?」
「……分からない」
ナイフ片手に比較的損傷の少ない死体を検分している彼女へ尋ねると、難しそうな顔で首を振った。
先ほど襲い掛かってきた魔獣。
骨格は狼に近いのだが、異常なほどに痩せ細った不気味な体をしていた。それだけならともかく、口から霧を吐き出してきたのだ。霧を浴びた草木は腐食したように枯れてしまった。
幸い魔獣としては大した強さではなく、アランたちであれば問題なく対処できたが。
「魔獣は大抵なにかしら変な特徴があるものだから、霧を使うこと自体はおかしいって程じゃないんだけど……前に戦ったなんとかの馴鹿? との共通点は見つからなかった」
アランたちは再び霧を利用した魔獣が現れたことが気にかかっていた。
リスティが忌々しく周囲を漂う霧を睨みつける。
「やはりこの霧、普通じゃない」
「こうも毎度襲われる時に霧が出るなんてな。劇の演出じゃあるまいし」
これで三度。
魔獣と出くわす時には必ずと言っていいほど昼夜を問わずに霧が出ていた。何かあるのは間違いないが、確かめようにも霧を保管する方法がない。試しに袋に溜めてみたのだが、魔獣が居なくなると文字通り霧散してしまった。
「……嫌な予感がする。早いところノートンさんたちと合流してこの事を伝えよう」
マルトが気味悪そうに死体から目を背けた。
痩せ狼の不気味に飛び出た眼球に言い知れない不安が煽られる。
「……」
「アラン?」
仲間から掛けられる声を意識の端に置きながら、アランは険しい顔で周囲を見渡した。
手にした長剣は未だ鞘に納めず、抜き身のままだ。
見える範囲に敵はいない。魔術と目視で索敵したのだから間違いないはず。
それでも彼が武器を手放せなかったのは、不思議な既視感が原因だった。
「確か前にも……」
見覚えがある。景色ではなく状況に。
間違いなく標的を倒した。周囲は警戒済みのうえ、臨戦態勢こそ解いたが気を抜いてはいない。
「……」
戦いを経て体は温まっているはずなのに、妙な悪寒がまとわりついているような錯覚が消えない。
アランは流れ落ちる汗すら拭わずに自身の感覚へ意識を集中した。
あの時もこんな風に魔獣を倒した後のことだったか。
周囲の警戒は怠っていなかったはずなのに、とある人物が自分たちの戦い方を盗み見ていて。
そうだ、確かあの時は……
(―――後ろだ!!)
それは記憶の中で誰かが叫んだ、アランの錯覚に過ぎない。
だが彼は自身にしか聞こえない声に疑いを抱くことなく、半ば無意識に近い状態で動いた。ふらりと一歩前に歩いた姿勢から身を翻し、一瞬前まで自分がいた場所を長剣で薙ぐ。それは普段の自分からは想像もつかないほどに無駄な力が抜けた、まさしく会心の一振りだった。
誰もいないはずの虚空を裂いた一閃は、しかし”何か”を両断した手応えをしっかりと残していた。
静まり返っていた周囲に石畳を引っ掻いたような耳障りな音が響き渡った。
「はっ!?」
我に返ったアランの目に映ったのは、半ばから切断された腕を引っ込める大きな影。
別の腕が振り上げられるのを見たアランは慌てて長剣を構えながら仲間の方へ跳び下がった。
「っ、無事か大将!」
「アラン!?」
突然近くから聞こえた魔獣の絶叫にリスティとマルトが怯んだ。
ライルだけはすぐさま盾を構えて前に飛び出し、後衛二人を護る位置へ。
「俺は大丈夫だ! 油断するな、こいつ……強いぞ!!」
アランは腕を斬り落とした魔獣の異様さから目を逸らさぬまま仲間へ注意を促す。
「新手か、見たことない奴ばかり……!」
額に汗を滲ませて盾を構えたライルは、じりじりと距離を取りながら相手の姿を見た。
確かにラクシャナで遭遇する魔獣はこれまであまり見たことのない個体が多かった。しかしその中でも目前にいるのは強力な個体であることが窺えた。
中心の体から複数の脚が伸びている姿形は蜘蛛に似ている。
しかし蟲系の魔獣でないことは赤い血と、動物的な顔が物語っていた。
毛のない蝙蝠のような魔獣は鼻をひくひくと動かして、炎の剣で切断された腕から出る煙を嗅いでいる。背中にある無数の毛穴から糸のように霧を吐き出し、霧に覆われた部分だけが消えている。
「マルト! 奴に霧を纏わせるな!」
「了解!」
また姿を隠されては堪らない。
すぐにマルトが攻撃魔術を放ち、消えかけていた魔獣の姿を浮き上がらせる。
後を追うようにリスティの矢が放たれる。強化された矢は並の甲殻程度ならば難なく砕くほどの貫通力を持っている。
しかし魔獣のぶよぶよとした皮は刺さりこそするのだが、表面で勢いを殺されてしまい痛手にはなっていないようだ。
「矢が効きにくい……」
「魔術も駄目だ、あの霧が干渉して本体まで届かない」
後衛二人が打つ手のない状況に苦い顔で焦った声を出す。
魔術も矢も効かないとは厄介な特性を持っている。アランの長剣は通じたので鉄壁の防御というわけではないだろうが、あの多腕相手に接近戦は無謀だ。毒液のような攻撃手段があったら避けようがない。
準備もなしに戦うには分の悪い相手だと悟ったライルが、魔獣の注意を引きながら指示を仰いだ。
「どうする大将!」
「退くぞ!! マルトとリスティは牽制、ライルは殿……攻撃手段が分からない、極力盾で受けるな!」
アランは仲間へ指示を出すと、いつぞやを思い出しながら全力で撤退する。
「合流地点まで一直線で向かうぞ、ゴーゴーゴー!!」
合流地点に無事辿り着いたアランたちは、ノートンたちと情報共有をしていた。
先にアランからの話を聞いたノートンは顎に手を当て、端正な顔を険しくしていた。
「複数の魔獣と遭遇、さらには強力な個体か……」
「他の魔獣を倒して油断したところを狙ってきたことと言い、あの鹿に似たものを感じました」
魔獣はしばらくの間、アランたちを追いかけて来た。
攻撃をするでもなく一定の距離を保ちながらついてくる魔獣に言い知れぬ不気味さを抱いた。
このままついてくるようならノートンたちと合流して一気に倒してしまおうと考えていたのだが、合流地点に近づいた辺りで姿を消してしまった。また霧を利用して姿を消したのだろう。
「頭のいい魔獣か。獣型に見られる特徴だけど、厄介だね」
「はい。俺たちの後をつけてきたのも恐らく……」
「巣を見つけて奇襲をかけるためだろうね。合流地点がただ見晴らしがいい丘だったのは不幸中の幸いかな?」
あの魔獣は単純な戦闘能力もそうだが、特殊な霧を利用した隠密性が最も厄介だ。
アランたちが容易に倒せないと悟ると、拠点を突き止めて夜襲狙いに切り替えたのだ。強い上に頭がいい非常に危険な相手だ。
「ノートンさんたちは大丈夫でしたか?」
ラーマしかない街道付近で複数回魔獣と遭遇したのだ。ノートンたちも同じか、それ以上に魔獣と戦闘が起こっているはず。
彼らの遭遇場所と照らし合わせれば魔獣の発生源もおぼろげながら見えてくるはず……そう考えていたアランの予想は、大きく外されることとなる。
「……それが、僕たちはほとんど魔獣と遭遇していないんだ」




